葉書は嫌いだ。清水から来た暑中見舞いを思い出す。
目の前にある白紙の年賀状を見据えながら、夏野はそう感じた。
元からまめに筆を取る性分ではない。学校の宿題やテストなどで必要に駆られれば文を書きはするが、自分から好んで書くことはなかった。
それは敏夫にも幾度となく説明したのだが。
病院関係者や患者へと、敏夫が出す年賀状の数は多い。中には外場関連のものも混じっている。羨ましく思ったことはないが、慌しくワープロと格闘する敏夫が面白くて、つい、見ていた。
ふ、と敏夫が動きを止めた。
疑問に思う夏野の前で、くるりと振り返ると夏野に向けて白紙の年賀状を一枚差し出したのだ。
「何?」
「夏野くん、俺にくれ」
確か自分はなんで、と言った気がする。
「俺が欲しいからだ。俺も君に出す」
「一緒に住んでるのに?」
「面白いだろ? 手渡しじゃなく、ちゃんとポストに入れるんだぞ」
微笑んだ敏夫は煙草を銜えた。
夏野はしばらく手の中の年賀状を凝視していた。
「……もしかして、オレが淋しがってるとか思ってる?」
「まさか」
君はそういうこと気にしないじゃないか、と敏夫は告げた。
「それとも、迷惑だったか」
「別に、そうじゃないけど」
「なら良かった」
敏夫が手の中の葉書を確認しだす。
夏野に向けられた背は、振り向くことはなかった。
「どうしろってんだよ……」
自室に戻った夏野は、小さく呻いた。
はっきり言えば、要らないし迷惑だ。
どうせ同じ部屋に暮らしているのだ。元旦を迎えれば挨拶くらいするだろう。その上で改めて年賀状が必要だとは、到底思えなかった。
「あの人、こういうとこあるからな」
自分を落ち着かせるように溜息を吐く。ペンを取って、それからしばらく思案した。
何を書くか。
『あけましておめでとうございます』
夏野の眉間に皺が寄る。
自分が非常に馬鹿なことをしているように思えた。
どうせこの言葉だって、元旦を迎えたら口で言うのだ。
はあ、とはっきりとした溜息をつき、次の文を考えた。
『今年もよろしくお願いします』
己の文才のなさに、夏野が机に伏せる。
なんだか敏夫に向けて書くには、違いすぎる気がした。
夏野が敏夫に伝えたい言葉はなんだろう。
外場から越して1年、どうにか二人でいることにも慣れた。
惨劇の記憶は色褪せることないが、それでも穏やかな日常を過ごしている。
それも、敏夫のお陰だろう。
『あんた物好きだな』
『また世話になる』
『あんたがいて良かった』
伝えたい言葉は多々あるのに、ペンは宙を舞うばかりだ。
「なんでこんな……」
頬杖をつきながら夏野が思案する。
彼を思いながら、言葉を選ぶ。
それは恋文にも似て。