愛をさがす私のための6つのお話。ひとつめ。
【愛を囁いた数だけ恋人を刺した女のお話。】



 刑事さん、私はあの人が私に愛を囁いた数だけあの人を刺しました。
 いいえ、殺すつもりなんかありませんでした。
 ただ返して欲しかったんです。あの人が愛を囁いた数だけあの人を貫けば返ってくるかもしれな
いと思ったんです。なくしては生きていけないものだから。
 でも、見つかりませんでした。
 あの人のからだのどこを刺しても、まるで見つからなかったんです。
 私は、どうしたらいいんでしょう。

 え、63箇所、ですか。刺し傷。そうですか…もっとたくさん言ってくれた気がしたんですけど。
 これって多いんですかね。それとも少ないのかな。
 私にとってはひとつひとつとても大切な言葉でした。
 二人で想い出を辿りながらひとつひとつ確認していったんです。二人で行った場所、その時の空
の色、時間、風の音…ひとつひとつ丁寧に思い出しながら。あの人が「愛してる」と言ってくれた
瞬間を思い出すたびに包丁を突き入れました。
 もう聞けないのかと思うと残念です。
 
 とっても優しい人でした。
 私がくしゃみをしたらそっとマフラーをかけてくれるような、そんな人でした。
 ただ、返して欲しかっただけです。
 本当にそれだけなんです。
 彼のからだの中にそれがあると信じていました。
 取り出して、返してもらおうと思っただけです。え、探し物の名前、ですか。
 ………名前は、思い出せません。
 でも、とても大切なもの。
 あの人と生きるつもりだったから、あの人に渡してしまった。
 私に愛を囁いたその口で他の女にも同じことを言っていると知ったときに、ぽっかりとそこに穴
があるのに気づいて…返してもらおうと思ったんです。
 本当に、ただそれだけです。
 きっと私が今泣かないのもそのせいなんです。彼が、返してくれなかったから。
 私は…本当に、ただ返して欲しくて…。
 きっと、今、涙が出ないのもそのせいなんです。
 あの人が持っていってしまったから、私はなにも感じることが出来なくて困っているんです。







 どこに行ってしまったんでしょうね、私のこころ。








                                   
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