DTH
第1話 「出会い」
だいたい人間なんてなんとでも生きていけるもんだってのがオレの信条だった。
まだ10年ちょいしか生きていない小僧になにがわかるって?
だってオレなんか生まれたときから母親も知らなくて、まして家も無い。
それでもこうしてピンピンしてるってのは、やっぱりそういうことだろう。
ここ、ニューヨークは相変わらず繁栄の街だなんていわれてるけど、オレたちには限りなく残酷だ。道路は硬くて寝にくいし、そこらで寝ようモンなら寄ってくるのは変態か人攫いとロクなもんじゃない。
たまにボランティアのおばちゃんがシチューとパンをくれるのが結構救いだ。
気がついたらここにいた。帰る場所もなければ帰り道も知らない。
だからここで生きていくしかないんだと、灰色の空を見ながら思ったっけ。
その日オレはいつものようにその廃ビルに行った。
鍵が馬鹿になっていて入れるんだ。元はオフィスビルだったらしいけど、今じゃ荒れ放題であちこち窓ガラスが割れている。まあ、風はしのげるからいいか。
にぶい爺さんのやっているパン屋からパンをくすねてきて食べようとしたその時だった。
人の、大人の話し声がした。そっと振り返り、通路をはさんだ向こう側を覗いてみると、男が二人立っていた。
一人はブロンド背中越しで顔は見えない。もう一人は黒髪にサングラス。二人とも仕立ての良さそうなコートを着ている。
オレは食べかけたパンを口から出してそっと腰を浮かせた。
こんなところで話をしているなんてろくなもんじゃない。
関わるなと全神経が叫んでいた。
と、男の叫び声がする。
「この、裏切り…」
最後まで言い終わらぬうちに轟音が空間を引き裂いた。
黒髪が、金髪を撃った。
スローモーションのように崩れていく金髪の向こうの黒髪と目が合う。
「子供…!?」
驚いたように黒髪が呟いた。その手にはまだ煙をあげる銃が握られている。
まずい。
逃げなきゃと思うのに体が凍ったように動かない。
倒れた金髪からじわりと血が広がっていく。
―――――死んでる…
逃げなきゃ。
黒髪がなにかを決めたように顔をあげた。
逃げなきゃ。
金髪はぴくりとも動かない。血だけが広がっていく。
逃げなきゃ。
オレは黒髪の顔を凝視したまま動けない。
黒髪が一歩踏み出した。
かつん。
革靴の音を合図に金縛りが解けた。背をむけて一目散に走り出す。
後ろは振り返らない。振り返ってたまるか。
「待て!」
追いかけてくる黒髪の声が一瞬遠のいた。
このままうまくいけば巻ける。
そう思ったその時。
突然目の前に黒服の集団が現れた。
手に持った銃火器で次々にオレに狙いをつける。
「えっ」
あわててブレーキをかけて方向転換する。
なんなんだ畜生。こっちには殺人野郎がいるんだぞ!
めちゃくちゃに角を曲がって走りながら考える。
どうする、どうやって出る…
足りない頭をそれでもフル稼働させて考えこんでいると、いきなり横に引っ張られて部屋に引きずり込まれた。
口をふさがれ、そいつの脇にすわらされる。
「静かに」
目で声を追うとそこにいたのはさっきの黒髪!
オレの方には目もくれずドア越しに通路の様子を見ていた。
何人かの足音が部屋の前を通り過ぎていく。
ほう、と息をついて黒髪がオレの口から手を離した。
「さて、と」
銃を手に握り締めなおしてオレのほうをちらりと見る。
「一度死んでもらおうかな」
オレにはその顔が悪魔に見えた。
黒髪はもう一度ドアから様子を見ると銃を懐にしまった。
今だとばかりに黒髪に体当たりして外へと飛び出す。
黒髪がドアにぶつかった衝撃で派手な音がした。瞬く間に足音がこちらへ向かってくる。
おかまいなしに走り抜けようとした瞬間、後ろからひょいと掴みあげられた。
「まったく、ずいぶん元気がいい…」
黒髪だ。
オレを小脇に抱えて窓へと走り出す。
居場所をかぎつけた黒服たちがこちらへと銃を向けた。
「うわ!」
「耳をふさいで」
走りながら黒髪が優雅な手つきで銃を抜く。ゆっくりとした仕草に見えるのに黒服よりよっぽど早かったようだ。
銃声が二回。黒服が倒れていく。
「息を止めて」
窓がどんどん近づいても黒髪が止まる気配は無い。
「おい、まさか…」
思わず口走る。
「舌をかむぞ。息を止めろ!」
黒髪が叫ぶ。
そのまま窓をぶち破って空中に躍り出た。ガラスの破片がきらきらとオレたちを包む。
下の水面がどんどん近づいてきた。
ああ、このビルは確かに川沿いに建ってはいたけれど。
今は春先とはいえ、なあ、水が冷たいとは思わないか?
一瞬のできごとなのにぐるぐると考えが渦まいてぎゅっと瞳を閉じた。
「大丈夫」
幻じゃなければ、黒髪がそう言った。
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