あっという間に2ヶ月が過ぎた。ばたばたしててよく覚えてない。英雄の葬儀が終わってから、ハンズスとマージは家に来ればいいと言ったけど、オレは丁重に断った。セレンとダルジュは何も言わなかったけど、心配はしてくれたようだ。
気づけばアレクが家に荷物を持ち込んでいて、朝起きたら当然のようにご飯が出来てた。オレはなんでかそれを抵抗無く受け入れたと思う。英雄とアレクの間で、そういう約束になってたみたいだ。
そんなわけでオレは今、英雄の家でアレクと暮らしてる。
「今日はヤキンになりマス。戸締り気をツケテ」
朝食のときにアレクが言った。
「ん、わかった。オレ今日英雄のとこ行って来るから」
アレクがにこりと微笑む。
「アレクは、さ」
コーヒーをすすりながら言う。英雄がいなくなってからコーヒーを飲むようになったけど、まだ美味しいなんて思えない。初めて飲んだ日なんか、ちっとも眠れなくて朝まで起きてた。
「良かったの?ハンズスの病院にいかなくて。お医者さん、夢かと思ってたんだけど」
「そうデスネ…」
アレクがカップの中のコーヒーを見た。瞳が懐かしそうに細められる。
アレクが医学を志していたと知ったハンズスは、自分の勤務する病院に来ればいいと誘った。
なぜかアレクはためらったのだ。曖昧な返事をするアレクに助け舟(?)を出したのは、セレンだった。
「それならウチに来い。丁度人手が足りなかったところだ」
アレクはすこぶる不服そうにセレンを見たけど、それでも結局はセレンの提案を呑んだようだ。オレにはそれがすごく不思議だった。
「もしかして、オレのせい?」
「ソレハ、違いマス。全然違ウ。ううん、難しいデスネ。道が、変わったとイウカ」
アレクはオレになんとか説明しようとした。
「ソウ、道がカワッタ。ソレに尽きマス」
そういうもんなのかなぁ、と実感のないまま納得した。
なんだかんだで今のアレクは楽しそうだから、それでもいいんだけど。帰るたびに、店であったこと、セレンがいかにサボってダルジュが怒っていたかを聞くのは、オレも楽しかったし。
ものすごくいい天気だった。
空は澄んだ青さを誇っていて、風が頬を撫でる。
花くらい持っていったほうがいいだろうと、アレクと一緒に家を出た。まだ閉まっている”Green&Green”のシャッターをアレクが開ける。中にいたダルジュに事情を話すと、ダルジュは「適当にもってけ」と背を向けた。
「それじゃあクレバスが困るだろう。どれ、私が選んでやろうか」
セレンが微笑みながら白いユリに手を伸ばした。他の花も数本抜き取ってラッピングを施すと、オレに渡す。白いユリがメインの緑と白の花束だった。
「ありがと。じゃ、行って来る」
「ああ」
軽く手をあげたセレンに見送られて墓地に向かった。
英雄の墓の前に立つ。
墓標にはなにも刻まないで欲しいというのが英雄のたっての希望だったと聞いた。
存在証明すら残したくなかったらしい。でも、墓の場所だけは控えめに指定したとか。
お父さんの隣に。
「来てやったぞ」
英雄は答えなかった。
「馬鹿」
ひざまずいて、花を捧げる。
さわりと風が吹いた。
「あっという間だったな」
出逢ってから今まで、全力で走りぬけているようなものだった。やっと戦いが終わってゆっくりした日々が来るのかと思ってたら、今度は英雄がいない。
「オレは、生まれ変わりなんて信じないけど」
きっと、英雄も信じないけど。
「もう一度会えるっていうなら、信じてもいいかもしれない」
そりゃあ無理だよ、と英雄が苦笑した気がした。
「…英雄」
かさりとユリが揺れた。
息子だと言ってくれた、それがすごく嬉しかった。
オレも生きている間に一度くらい言ってみればよかった。
「おとうさん」
言ってみて、ちょっと違うなと思う。
オレと英雄は、家族というにはぎこちなくて、友人というには知りすぎた。手探りでなにかを探し続けて、お互いそれは見つけた気がする。なんだろう、強いて言うなら共犯者、かな。
どっちでもいいか。
「オレはまだ生きていくけど、いいよな?」
英雄は答えない。
けど、オレは知ってる。
これが英雄の答えだった。名もない、こんな墓が。
「…英雄、オレ、言ってなかったけど」
言って地面に指を伸ばす。土に文字を書いた。
『霧生英雄』
「お前の名前、書けるようになったんだ」
英雄はきっと驚いただろう。『君、だって、日本語なんて…』と絶句して、それから、嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「オレは絶対に忘れない」
決然と告げてオレは立ち上がった。
「また来る」
そう言って、英雄に背を向けた。
墓地の出口に来たところで、呼ばれた気がして振り返る。見上げた空はどこまでも青かった。
NYの郊外、名もない墓の下、オレの英雄が眠ってる。
DownTownHero【完】
2004.10.19−2005.6.4