――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
クレバスへ
もうすぐ死ぬらしいのでこれを書きます。
事後のことは皆に託してあるから心配しなくていいよ。
以上
横から覗き込んでいたハンズスに「ふざけるな」と言って叩かれました。手紙を覗き込むのはマナー違反だから、君は絶対にやらないように。
どうやらこの紙を埋めなきゃならないらしい。書くことなんてそんなにないんだが。
「ゆっくり考えて書けばいい」と言ってハンズスが出て行きました。
考えるといってもなあ。また夕方になれば君と会うわけだし。あ、でも死んだら会えないな。
ああそうか。そういうことか。
そう考えると難しいな。なにを書こうか。
…ずっと揺れながら生きているような人生だった。
いつ死んでもいいと思っていたのに、いざとなると死ねない自分がいた。往生際が悪かったかな。
君に会ったときも、まだ揺れてた。
君を犠牲にして生きるか否か。
それでも君と暮らし始めて、君のむこうのまっさらな可能性を見たときに、このまま死ぬのも悪くないと思った。
僕らの出会いは策略に満ちていて、お世辞にも素敵な出会いだなんて言えないけれど、それでも僕は君に会えてよかったと思う。
僕と過ごした日々が君の胸になにかを残したなら、それはそれで幸いだ。
君の幸多き未来に乾杯。
霧生英雄
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
恐ろしいほどに素っ気無い手紙だった。
らしいといえばらしいけど。
苦笑しかけて、最後の文と署名の間がやたらに開いていることに気づいた。
もしやと思ってエンピツでこすると、隠れていた文章が浮かび上がる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
と、かっこよく締めくくろうと思ったけど、どうしてだろう、なんだか涙が出てくる。
もっと君と暮らしたかったという気持ちが止まらない。
なぜだろう、心が弱くなった気がする。ああ、でもとても人間らしいね。
君のお陰だ。ありがとう。
この部分はあとで消そうと思う。エンピツの芯の後が残っているのに気づいて、こすりだせば出てきちゃうかもだけど、見ても秘密だ。
そしてもし、ここに気づいたのなら、クレバス。君に言っておきたいことがある。
君は、僕の大切な家族だ。
自慢の息子だ。
世界一、愛してる。
胸をはって生きてくれよ。
僕は君が大好きだ。
最大の感謝と愛をこめて
霧生英雄
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
英雄らしい、手紙だった。
「馬鹿じゃねーのか」
肝心なことは隠しているなんて。
「気づかなかったらどうする気だよ…」
でも英雄はオレが気づくと思ったんだ。あるいは本当に、気づかれなくてもいいと思ったのかもしれない。
らしいよ、英雄。
気持ちが和らぐ。
気づけばオレは微笑んでいた。
――――――生きていける。
どうしてだろう、そう思った。
オレという存在が英雄を奮い立たせていたように、今、英雄の言葉がオレを支える。
英雄が、そこにいる。
確かにオレを支えてる。
だからオレは生きていけるんだと、強くそう思った。
第37話 END