DTH

「隠れてなさい」
 そう言って、ゼッケンをオレに渡す。
「どうするの?」
「相手をしてやるさ」
 セレンの周りを鋼糸が煌いた。
 遊び……だよな。
 オレの不安を読み取ったんだろう。セレンが微笑んだ。
「安心するがいい。無茶は……」
 言葉半ばで、セレンの上で鋼糸に触れた水風船が割れた。水が勢いよくセレンに降り注ぐ。
「イエス!」
 アレクが指を鳴らして喜んだ。
 オレはごくりと喉を鳴らしながらセレンを見上げた。
 ぽたぽたと水滴が髪をすべり落ちる。表情が見えないのがすごく怖いんだけど。
「ふ……」
 セレンの唇が笑みを象る。そのまま繰り出される鋼糸がアレクに触れる直前に、アレクの携帯が鳴った。ワンコールで切れる。ダルジュだ。
「やられたみたいだな」
「デスネ」
 鋼糸を引き戻したセレンが重く濡れた髪を掬い上げる。顔に、左目を潰し縦に入る亀裂が見えた。
「というコトハ、残ってるのハ、英雄とハンズ……」
 アレクの言葉が終らないうちに、階段を駆け上がってくる英雄の姿が見えた。一瞬姿を見せた英雄は、すぐさま物陰に隠れた。反対側にハンズスも姿を見せる。その胸に、ゼッケンらしきものが巻かれていた。
「借りるぞ」
 ハンズスの姿を見たセレンが駆け出す。途中、アレクの手から残りの水風船を奪った。
「なんだ、セレンずぶ濡れじゃないか」
 英雄が驚いたような声を出した。
「ゼッケンを巻いてないってことは、僕はクレバスを探せばいいんだな」
 そういう英雄の胸にはゼッケンが巻かれていた。アレクが目を瞬かせる。
「英雄、ソレハ……」
「ゼッケン」
 ハンズスのあれはダミーでね、と英雄は言った。
「ダミー使うななんてルールにはなかったよ。僕はちゃんと隠さずに巻いてたわけだし。まあ、見難くなるような姿勢はとってたけど」
「お前らしいよ」
 言いながら、英雄のゼッケンに的を絞る。水に濡れる感触に、英雄がオレを見下げた。
「ずるい!」
「どっちがだよ!」
 なんて大人気ないんだコイツは。
 オレと英雄が互いの胸倉を掴んだ時、水をしたたらせながらセレンが戻ってきた。「ダミー」と書かれたハンズスのゼッケンと、なぜか目を回してずぶ濡れなハンズスを担いでいる。
「意外と手こずらせてくれた……クレバス、やったな」
 ハンズスを降ろしたセレンが微笑んだ。
「うん!」
「なんで君はセレンには素直なんだ」
 英雄が至極面白くなさそうな顔をした。


 それから何度かチームを変えて、全員がずぶ濡れになった。
「ひどいな、みんなびしょ濡れだ」
 英雄が濡れぼそったシャツを指でつまんだ。
「ダルジュ達、着替えもないだろう? どうするんだ」
「この陽気だ。寝てれば乾くさ」
 涼しい声で答えたセレンがその場に寝転がる。確かにまだ陽は高い。青い空が高く澄んでいるのが見えた。
「そうだな」
 言った英雄が腰を下ろす。
 やがて誰ともなく寝息を立て始めた。
 それから、しばらくたって、英雄が小声で言った。
「クレバス、起きてる?」
 正直眠りに落ちかけていたオレは、その声で目を覚ました。
「うん」
 声が重い。眠気が身体全体を包んでいた。
「今日、楽しかった?」
 うとうとと、オレが答えずにいると、英雄がオレの手をそっと握った。
「僕は楽しかった。ありがとう」
 変な英雄。この先いくらだってこんな日はあるだろうに。
 オレはそう言おうと思ったけど、瞼が閉じるのが先だった。
 落ちていく意識の中で、英雄がもう一度「ありがとう」と言うのが聞こえた。


【真夏のSTAY&GO! Aルート完結】
2009.7.12-18
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