DTH2 カサブランカ
トラックは軋みながらG&Gの店先で止まった。出迎えたダルジュに、シンヤとガイナスが駆け寄る。
「首尾は?」
「英雄達は途中で降ろしてきました。自宅にいます」
「賢明な判断だ」
「俺達は、このまま街を出ます」
シンヤの言葉にダルジュが眉をひそめた。
「そのトラックでか?」
麦わらをふんだんに積んだトラックを顎で示した。
「随分派手な救出劇だったらしいじゃねーか。あちこち無線が飛び交ってる。目印ひっさげて行くのはどうかと思うぜ?」
「だからぁ〜、しばらくは僕らが引き受けてあげるっつってんの!」
焦れたようにガイナスが言った。
「あぁ?」
じろりとダルジュの三白眼に睨まれて、ガイナスはむっとした。シンヤは動じない。
「もう、このおっさん話が通じないからやだ〜。だから黙って行こうって言ったんだよ〜」
「そういうわけにもいかないだろう。世話になったんだし」
ぐずるガイナスをシンヤがたしなめた。
二人のやり取りを聞いたダルジュが、舌打ちしてキーを投げた。
「行くならこれで行け。俺のワゴンだ。くれてやる」
「ダルジュさん」
キーを受け取ったシンヤがダルジュを見た。居心地悪そうにダルジュが視線をそらす。
「ガキは余計なこと考えんなよ。英雄を甘やかすな。てめぇのケツはてめぇで拭かせろ」
「…ありがとうございます」
シンヤが少し頭を下げた。ワゴンワゴン…と呟いたガイナスが、その外観に思い至って悲鳴を上げた。
「えぇっ、いやだぁ!あのワゴン、店のロゴ入ってるじゃん!恥ずかしくて乗れないよぉ!」
「じゃあ乗るんじゃねぇよ!」
ダルジュが吼えた。
瞬間、夜の気配に混じって表れたそれを感じた三人の表情が真顔に戻る。
店の前に止められたトラックが爆発した。それが合図のように、三人はカウンターの奥へとすべりこんだ。それを追うように銃弾が撃ち込まれる。店の防弾ガラスに無数のヒビが入った。
「ほらぁ、もたもたしてるから追いつかれたよ!」
ガイナスが頭を押さえながら叫ぶ。
「仕方ない。ここで片付けるか」
シンヤが銃を構えた。
「お前らわかってやってただろ?これ見よがしにトラック止めやがって」
ダルジュが半ば呆れながら、カウンター奥の床から銃を取り出した。
感触が手に馴染む。乾いた唇をぺろりと舌で舐めた。
「ったく、朝っぱらから」
仕方ねぇなと呟くその姿が好戦的だ。
シンヤとガイナスが目くばせしあう。
はじき出されるように、三人は同時に床を蹴った。
英雄は、添え木と包帯で思い切り固定された自分の足を見ながら自宅のベッドに寝転んでいた。
「綺麗に折れてる。ぽっきりだ。当分動けないな」
診断を下したハンズスは至極機嫌悪そうに告げた。夜明け付近だというのに、どうしてこの男はすぐに飛んでくるのか。それに、と英雄はマージを見た。マージが抱いているアリソンを見て、マージが母親になったのだと実感する。半分眠っているアリソンを見て、なんだか申し訳ないような気持ちになった。
「ハンズス、怒っているのかい?」
「理由がないさ」
そう答えるハンズスは、やはり怒っているようだった。
「お前が飲んでいた薬と同じものを用意してある。欠かさず飲め。それから、足が治ったら精密検査だ。徹底的に調べてやるから覚悟しとけ」
英雄はハンズスから薬を受け取った。一体何日分あるのか、ずいぶん重い。
「どこか痛むところはあるか?具合が悪いとか」
「ないよ。なぁ、ハンズス」
「なんだ」
「君と話がしたい」
「今してる」
違う、そうじゃなくて、と英雄は髪をかき上げた。
「医者と患者ではなくて、友人として、だ」
英雄の言葉にハンズスが目を見開いた。
「僕は帰ってきた。ちゃんとした『霧生英雄』だ」
英雄が困ったように微笑みながら告げた。ハンズスがなにかを言いかけて、唇をかむ。
ハンズスの膝の上で握られた拳に、英雄が手を乗せた。
「あの時、看取ってくれてありがとう。最後の瞬間まで、僕は君に語りかけていたよ」
ハンズスの睫が小刻みに震えた。瞳に涙が滲む。
英雄は笑って、マージを見た。
「その子を抱いても?」
「ええ、もちろん。アリソン、英雄よ」
マージが嬉しそうに娘に囁いて、英雄の傍にいくよう促した。
「初めまして、アリソン」
「はじめまして!」
元気よく答えたアリソンを、英雄は抱き上げた。
「おお、結構大きいね。いくつだい?」
「よっつー」
「そうか、よっつか」
英雄はアリソンをまじまじと見つめた。
「口元はマージに似たんだな。髪質はハンズスに似たのか、かわいそうに。くせっ毛には苦労するぞ」
そう言ってアリソンを抱きしめる。
「5年か」
英雄が呟いた。
「…長かったな」
その瞳にもうっすらと涙が滲んだ。
「ああ」
ハンズスがようやく頷いた。
「ああ、長かった…!」
言って号泣する父親を、アリソンは不思議そうに見た。
必要最低限のものしかない、手入れの行き届いたセレンの隠れ家で、アレクは朝食を作っていた。ズッキーニを刻む包丁の音がキッチンに響く。
アレクは対面式になっているキッチンカウンターから、テーブルに座って雑誌を読むセレンを一瞬だけ見た。
セレンがすぐにそれに気づく。
「なんだ?」
「別ニ。…なんで気づくんデスカ?チョットしか見てナイ」
「そういえばお前はいつも気づかないな」
遠まわしに馬鹿にされた気がして、アレクはむっとした。包丁の音が一際大きく響く。
朝食のパンと簡単な野菜スープをカウンターテーブルに並べる。セレンが何も言わないところをみると合格点はもらえたらしい。アレクは内心ほっとした。
「まいったな」
セレンが一度持ち上げたスプーンを戻しながら呟いた。
「ドウシマシタ?」
隣に座りながら尋ねるアレクを見て、セレンは言いにくそうに視線をそらした。拗ねているようにも見える。
「泣くほど嫌われているとは思わなかった」
「ハ?」
「少しショックだ」
セレンが彼なりにへこんでいる姿を見たアレクは、ただ目を丸くして動きを止めた。
なんのことを言っているのか、探し当てるのはひどく容易だった。
あの、和解の瞬間。
15年以上も近くにいて、ようやく心が通じ合ったと思ったのは、所詮自分の気の迷いだったのだ。知らず唇が自嘲する。
「…ふ…ふふ」
小刻みに揺れるアレクを、不審そうにセレンが見た。
「どうした?」
その一言がきっかけになってアレクが立ち上がる。頬を紅潮させながら、勢いよく机を叩いた。
「私は!アナタのそういうトコロが…!」
ハンズス達を見送ったクレバスが英雄の部屋に戻ってきた。
ベッドに上半身を起こす英雄の足が、がっちり固定されているのを見て、満足げに微笑む。
「ばっちりポッキリ折れたって?天罰だよ」
「そうだな、バチが当たった」
英雄も笑ってみせる。
「さっき、アレクから電話があった。当分セレンといるってさ」
クレバスの言葉に、英雄が意外そうな顔をする。
「セレンと?何があったんだ?」
「さあ?」
首をかしげたクレバスは、先ほどのアレクの声を思い出した。
心から安堵したような、柔和な声。
それを聞いたクレバスは思った。アレクはアレクの居場所を見つけたのだと。
素直に「おめでとう」を告げると、やや間があってからアレクは「ありがとう」と噛みしめるように言った。電話の向こうでアレクは微笑んでいるに違いないとクレバスは思った。
「さて、これからどうしよっか」
「どうしようもこうしようもないな。組織とのイタチゴッコの始まり始まり。君も相当な物好きだ」
「そりゃどうも」
うんと背伸びをしたクレバスが、英雄のベッドに飛び込むように倒れこんだ。驚いた英雄が、わずかに身をずらす。ベッドで上半身を起こした英雄を、クレバスは寝転んだまま見上げた。
「あの頃の身長さ、これぐらいかな。英雄が大きく見えたんだ。かっこよく、ね」
「今は?」
クレバスが距離を測るように差し出した手のひらに、英雄が同じく手のひらを重ねた。
ほとんど同じような大きさだが、クレバスの方が指が長い。
「わかんない。これから決めるよ」
重なった手を少しずらして、互いの指を組む。力を込めて握り合うと、お互いにやりと微笑んだ。
「おかえり、英雄」
「ただいま、クレバス」
二人が笑いあうその向こう、部屋の片隅に活けられたカサブランカの花が、音も無く揺れた。
【カサブランカ】
ユリ科多年草 学名:Lilium
花言葉:雄大な愛
その愛は、誰のために?
【DTH2 カサブランカ・完 2005.7.24〜9.19】
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