DTH 特別番外

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 街にイルミネーションの光が溢れ、通りにクリスマスソングが流れ出す。行き交う人たちはどこか浮き足立っていて、イベントが近いのだと否が応でも実感する。
 英雄は知らずため息をついた。
 …否…?
 自分の思考に気付いた英雄が足を止めた。まばゆいばかりのイルミネーションが輝きを増す。
 このところどうして気持ちが塞ぎこみがちだったのか、ようやくわかった気がする。
 つまり自分は、クリスマスが嫌いなのだ。


DTH番外 「A Special Day」



 昼は花屋で夜はバーの顔を持つG&Gの、今は閉ざされた扉に一枚の紙が貼られていた。時折吹く木枯らしにかすかに揺れる紙は薄い黄色で、ところどころに柊の葉を模したイラストが書かれている。流麗な書体で書かれた文章がセレンの手によるものだとわかったダルジュは、それを見た途端に嫌な顔をした。


 〜G&G特別営業時間のお知らせ〜

 平素はG&Gをお引き立て賜り誠にありがとうございます。
 来るクリスマスに向け、当店は特別イベントを予定しております。

 12月24日
 DAY/8:00〜14:00
 NIGHT/18:00〜5:00

 12月25日
 DAY/10:00〜14:00
 NIGHT/18:00〜5:00

 どうぞ皆様、お誘い合わせの上ご来店下さい。とっておきのサプライズを用意して、皆様のご来店をお待ちしております。

 〜G&Gスタッフ一同〜


「聞いてねぇ」
 ぼそりと呟く。寒さが一層身に染みるような気がし、ダルジュは身を震わせた。今までの経験上、セレンがダルジュに黙って物事を進める場合、ロクな結果が待っていない。しかも、回避する手立てはないのだ。
 以前、自分がワゴンを改造した時もそうだった。あまり身の回りの物に執着するわけではなかったが、車にだけは手をかけていた。自分好みの改造をしてやろうとほくほくしながら業者に車を預け、帰ってきた時のあの姿。ドアも車高も、窓のスモークを始めとする装丁も、自分の発注のままだった。
 ただひとつ違っていたのは、その車体に描かれていたエメラルドグリーンの流麗な文字である。
”Green&Green”
「なんだ、もう届いたのか」
 愕然とする自分の背後に、いつの間にか立っていたセレンが告げた。
 ダルジュは答えることも出来ずに、自分の車を見つめていた。その表情を見て満足気に微笑んだセレンは、勝ち誇ったように言ったのだ。
「お前が車を改造する、と聞いたのでね。追加で頼んでおいたよ。嬉しかろう?」
 あの再現があるのだ。恐らく、きっと、間違いなく。
 あの時の気持ちをまざまざと思い出し、ダルジュはぬるい笑いを浮かべていた。


 ダルジュがG&Gの店先で途方に暮れている頃、昼番のアレクとセレンは大通りを一本脇に入った小道を歩いていた。夕餉の買出しに珍しくセレンが同行したのだ。
「イベント?何やるデスカ?」
 買い物の紙袋を抱えたままアレクがセレンを見やる。一歩進むたびに靴が枯葉を踏んで乾いた音を立てる。ほとんど葉の落ちた街路樹には、夜を控えての電球とコードが巻かれていた。
「まあ、それなりに楽しめるだろう」
 セレンの唇がゆっくりと微笑を描く。楽しんでいる時のクセだ。
「返事になってマセンヨ」
「クレバスとの約束でね。その時まで秘密だ」
「ズルイデス」
 クレバスの名を聞いたアレクが、むっと拗ねてみせる。どうせ言わないのなら全部黙っていればいいのに、こうして情報を小出しにする。自分の反応を楽しんでいるのだ、この男は。
 アレクは無言で足を早めた。セレンがくすりと笑った気がする。
 と、弱気な猫の鳴き声に、アレクは顔を上げた。
「ア」
 思わず足を止める。
 数メートル先の街路樹の枝の上に、白い子猫がいた。登ったはいいが、降りられなくなったらしい。小さな体を震わせながら、下を見ては右を見て、途方に暮れて鳴いていた。
「子猫デス」
「なんだ、降りられなくなったのか?」
 自分で登っておいて、とセレンがあきれ返る。
「デモ…」
 アレクが言いかけた瞬間、風に吹かれた子猫がバランスを崩した。
「危ナイ!」
 紙袋をセレンに押し付けたアレクが駆け出す。両手を広げ、子猫だけを見ていたアレクは、落ち葉に足を取られ転倒した。
 随分派手な音を立てて、落ち葉を巻き上げながら転ぶアレクの姿を、セレンは淡々と見ていた。
「…イッタ…」
 黄色い落ち葉を黒い頭に乗せたまま、アレクが呻く。その手にはしっかりと子猫が抱かれていた。ミイと鳴いた子猫はアレクの手からすり抜け、通りの木立の中に消えていく。それを見送ったアレクが落胆の声を漏らした。
「ア…」
「なにをしている。全く」
 呆れながらもセレンが歩み寄る。
 身についた落ち葉を払いながら、アレクが立ち上がる。セレンの出した手を取ろうとして、顔をゆがめた。
「イタ…」
 セレンが怪訝な顔をする。アレクが落とした視線の先、彼の足首に目をやる。
「痛めたのか?」
「チガイマス」
「ほう?」
 即座に否定したアレクの足首を蹴る。ぐ、と呻いたアレクが蹲った。
「店は休んだほうが良さそうだな」
 アレクの体に舞い落ちる葉を見ながら、セレンは告げた。
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