DTH 特別番外

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 英雄の家への道順も、その壁の色さえ、見慣れたものだとセレンは思った。ただひとつ違うのは、玄関に飾られているツリーだ。そう言えば、店で作ったのだとダルジュが言っていた気もする。
「アレクが怪我ね。珍しい」
 暖かい居間でセレンを迎えた英雄は、あまり興味なさそうにコーヒーを啜った。
「お見舞い、行こうか?」
 クレバスがセレンにホットココアを出しながら告げる。
「そこまで大袈裟なものじゃない。捻った程度だ。だが、店にいれば足手まといになる」
「悪化もするしね」
 ココアの甘ったるい匂いの向こうで、クレバスがにししと笑った。
「いつから店は戦場になったんだ」
 心底呆れたように英雄が告げる。
「で、今日はなんの用だったんだい?セレン」
「鈍い奴だな。ここまで話してわからないとは」
 悩ましげにセレンの口からため息が漏れる。それまで全くの他人事だと聞いていた英雄は動きを止めた。
「いやだ」
 嫌悪感を滲ませ即答する。セレンがからかうように微笑んだ。
「何がだ」
「どうせアレクの代わりに手伝えって言うんだろう?い・や・だ。残念だけど、クリスマスは忙しい」
 ああ残念だ、と英雄は両手を広げて見せた。
「用事があるのか?クレバス」
「ないよ」
 英雄の隣に座っていたクレバスが即答する。英雄が信じられないという顔をして、クレバスを見た。
「君は今、自分が何を言ったかわかってるのか?僕を売ったんだぞ?」
「いいじゃんか。どうせ家でなんかするわけじゃないし、オレだってG&Gでバイトしてんだし、たまには人の役に立てば?」
 さらりと言われたクレバスの言葉に英雄が顔色をなくす。
「…たまには…」
「クレバスの言う通りだな。第一」
 セレンが畳み掛けるように告げた。
「私は頼んでいるわけではないぞ?」
 にこりとセレンが微笑む。口調の穏やかさとは裏腹なプレッシャーを感じて、英雄は顔を歪めた。

 セレンの帰った後に、がっくりとうなだれた英雄にクレバスは嘆息した。
「なにがそんなに嫌なんだよ」
「クリスマス嫌いなんだ。浮かれたあの空気がいや。ついでに神様も信じてない」
「子供みたいなこと言うなよ」
 呆れたようにクレバスが英雄を叱咤する。むっとしかけたクレバスは、突然名案を思いついた。
「なあなあ、じゃあさ、英雄もアレやろうよ」
「アレ?」
「セレンと二人でやるかって言ってたんだけど、三人でやっても面白いかも」
 ちょっと待っててと言ったクレバスが2階に駆け上がっていく。その様子を見た英雄は、はしゃぐクレバスを見られるなら悪くないかもしれないな、と自分を少しだけ慰めた。


 港町に降る雪は、止む気配を見せなかった。
「ちが〜う、もっと右だって」
 ガイナスが不満げに口を膨らませるのを見て、シンヤは再びもみの木の鉢植えを持ち上げた。身の丈ほどもあるもみの木は、鉢の中の土の重量も合わせると相当な重さだった。店の入り口の右でも横でもシンヤには変わらないように思えるが、ガイナス曰く大違いらしい。しかも横で見ているガイナスには、手伝うという選択肢が初めからないようだった。
 相変わらずだなと思うと同時に口からため息が漏れる。それに合わせて力が抜けた。シンヤが重力に引かれるように鉢を置く。
「そう、その辺!」
 ガイナスは満足げに微笑むと、傍らにいる少女に小さなサンタを手渡した。
「じゃ、マリア。この辺のオーナメント使って飾りつけしよっか。ありがとね!シンヤ!」
 にこにこ笑うガイナスと憮然とした表情のシンヤを見比べたマリアが、背伸びをするようにシンヤにサンタを差し出した。
「マリア…?」
「シンヤも、一緒!」
 うんと背伸びをしてサンタを差し出すマリアを見て、シンヤは口元を綻ばせた。
「うん、一緒にやろうか」
 シンヤがサンタを受け取ると、マリアの顔がぱっと華やいだ。ソレを見たガイナスが面白くなさそうに唇を尖らせる。
「いいなぁ、シンヤばっかり」
「ガイナス」
 たしなめるようなシンヤの口調に、ガイナスが舌を出してみせる。
「いいですよーだ。てっぺんの星は一緒に飾ろうか、マリア」
 言いながらガイナスがマリアを肩車して持ち上げた。驚くマリアに、銀色に輝く星のオーナメントを手渡す。
「お星様だぁ」
「そうだよ〜、てっぺんに乗っけてごらんよ」
 ガイナスに言われたマリアが、もみの木の頂上に星を飾る。
 銀色に輝く小さな星は、少し傾きながらそこに留まっていた。

 ああじゃない、こうでもないと言いながらツリーの飾り付けをしたせいで、結局大幅に時間を食ってしまった。マリアがくしゃみをしたのを契機に、顔を見合わせたガイナスとシンヤは店に戻った。雪が降っていた外とは違い、扉一枚隔てた暖かな空気に思わず安堵する。
「おお、ご苦労だったな」
 おじさんが木製のカウンターの向こうでねぎらった。
「いいえ」
 シンヤが鼻をすすりながら言う。
「でしょ?僕、がんばったんだから!」
 やはり鼻を赤くさせたガイナスが、得意げに胸を張った。
「うわ、でもすごく寒い!服濡れちゃったし、ちょっと着替えてくるね!」
 大袈裟に身を震わせて、ガイナスがシンヤを引っ張った。言うが早いか、自室へと駆け戻る。
「俺は別に…」
「なに言ってんの。風邪引くよ?マリアに移したくないでしょ?」
 ガイナスが雪に濡れた上着を脱ぎ捨てた。しぶしぶと言った風情でシンヤがそれに倣う。
「シンヤって、クリスマス嫌いだよね?」
 新しい上着を着ながら言われたガイナスの言葉に、シンヤは目を見張った。
 なぜ知っている、と言いかけて、それでは認めてしまっていることに気付く。
「…別に、そういうわけじゃ…」
 言葉を濁すシンヤに、ガイナスは一層面白くなさそうな顔をした。
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