DTH 特別番外

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 英雄とクレバスが仕事を終え、G&Gを出る頃はまだ薄暗かった。
「1年分働いた気分だ」という英雄に、クレバスが「そりゃ働かなすぎなんだ、普段が」と返す。耳が痛いね、と言いながら、英雄は雪の積もった道を歩いていた。
 夜半に降り始めた雪は、もうとっくに止んでいるらしかった。
 それでもそこここに名残雪が残って、路面が凍りついている。油断して歩くと転びそうだ。
 冷えるはずだと英雄が嘆息した時、それに気付いた。
 通りに面したオモチャ屋。とっくに閉まったその店のウィンドウから、小さなオルゴールのメロディが流れている。そして、その横にある木製の列車。ひどく懐かしい気がして、英雄は思わず足を止めていた。
 丸い車輪に、赤い屋根。木目がしっかりと見て取れる作り。どうしてだか見覚えがある。
「英雄、どうした?」
 先を歩いていたクレバスが振り返る。と、英雄がオモチャ屋の前で足を止めているのに気付いて、クレバスは駆け寄った。
 それで、英雄は思い出した。
 ああ、そういえば昔、これを買ったんだ。
 まだ小さかったクレバスと過ごした、たった一度のクリスマス。
 必ず帰ると約束して、このオモチャを買った。
 けれど、帰れなかった。組織の追っ手とかちあって、結局一晩中相手をしていた。どうにか家に帰り着くと、一緒に食べようと約束したケーキは半分だけ残されていて、ハンズスが玄関で仁王立ちをして待っていた。
 あの時のオモチャはどうしたっけ?
 英雄は回想した。
 確かコートのポケットに入れていた。それで、追っ手を巻きながら一度見てみたら。
 もう包装はぼろぼろになって、列車も銃弾を受けたせいで片方の車輪がもげかけていた。伸びきった糸に垂れ下がる車輪を見て、確か自分は笑ったはずだ。
 大切な約束など、守れやしないよ。
 ぼろぼろになったプレゼントがひどく滑稽で、それが自分にはお似合いな気がした。
 ああ、だから、と英雄は思った。
 だからクリスマスが嫌いだったんだ。
「あ、列車。懐かしい。こういうのよくあるよな」
 ウィンドウを覗き込んだクレバスが言う。
「ここの積み木のオモチャは全部角を取ってあるそうだよ。子供が怪我をしないように」
「へー、そうなんだ」
 買ってやろうか、と英雄は言いかけた。
 もう大きくなったクレバスに必要ないのはわかってる。それでも何かが埋まる気がしたのだ。
「あ、これ、持ってる」
 矢先に言われたクレバスの言葉に、英雄は失望感を覚えた。
「あ、あ。そうなんだ…?」
 自分がいない間にハンズスかアレクにでも買ってもらったのだろう。自分にそう説得しても、英雄はそこに穴が開いたのを自覚した。
 ウィンドウ越しにオモチャを見たまま、クレバスは続けた。
「英雄、覚えてるかな。昔、一度だけクリスマス過ごしたことがあったろ?あん時にさ。英雄帰ってこなくって、ハンズスとマージがオレの相手してくれてたんだけどさ」
 クレバスが顔を上げた。にこりと英雄に微笑みかける。
「次の日、お前の部屋掃除してたら、ゴミ箱に妙な包み紙があんの。なんだこれ、と思って引っ張ってみたらズタボロになったおもちゃが出てきてさ。列車に弾痕残ってるは、車輪はもげかけだは、お前はなんにも言わないはで。でもこれはオレのだって思ったから」
 ごめん、持ってるとクレバスは告げた。
「え…」
 英雄が言葉を失くす。同時に体の奥からあたたかい何かがこみ上げてきた。

 大切な約束など、守れやしないよ。

 あの夜一人だと思った自分に教えてやりたい。捨てた思いすら拾う者がいるのだと。

「…そう、なんだ」
 かあっと顔が火照った気がして、英雄は顔を背けた。
「英雄?」
「なんでもない。帰るぞ、クレバス」
「なんだよ、どうしたの」
「どうもしないって」
 英雄が歩く後を、クレバスが小走りに追いかける。みぞれ混じりの雪に、2人の足跡がはっきりと残っていた。


全ての愛しき人に、この日が優しくありますように。


【DTH特別番外 A Special Day 完】
2005.12.13.
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