DTH 特別番外

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「アリソンが眠ったら、ハンズスのお父さんとお母さんが見ていてくれるっておっしゃって」
 コートを脱いだマージが嬉しそうに告げた。
「今日は久々に恋人に戻るってわけだ」
 コートを受け取ったクレバスが微笑む。いつの間にか自分より背を伸ばした少年を、マージは見上げた。
「バカ、大人をからかって」
「あっちはもっとバカだけどね」
 クレバスが顎で指し示す先、G&Gの扉の影で英雄はハンズスに締め上げられていた。
「拳がプレゼントだなんてやめてくれよ、ハンズス」
「お望みならそうしてやろうか、英雄。なに考えてるんだ」
「なにって」
「クレバスのことに決まっているだろうが!こんなところでバイトさせて!」
 いつまでも馬鹿をやるんじゃない、とハンズスは英雄の瞳を覗き込むように凄んだ。萎縮した英雄が、なんとか話をそらそうとする。
「父親になって貫禄が増したな」
「ふざけるな」
 ちらり、とダルジュに視線を送ったが、ピアノを弾いていたダルジュは目があったにも関わらず無視をした。裏切り者、と呟く声がハンズスに届く。
「英雄…」
 締め上げに力が篭る。英雄のつま先が浮きかけた。
「あー、そろそろフォローがいるかな」
 呟いたクレバスがハンズスに駆け寄る。
「怒らないでよ、ハンズス。アレクが怪我しちゃってさ。しょうがなかったんだって」
「アレクが?」
 ハンズスが意外そうな顔をした。英雄を掴む手が緩む。
「そうそう。今日はイブだし、どうしても頼むって言われて。英雄も断れなかったんだよ」
「そ、そうか…」
 ならそう言えばいいのに、とハンズスは英雄を見ると、マージの元へと歩き出した。
 英雄が喉元を抑えながら咳き込む。
「クレバス、君…」
「詭弁はお前だけの特許じゃないだろ」
 ぺろりと舌を出して見せたクレバスに、「君はいい悪魔になるよ」と英雄は呟いた。

 そして0時が来る。
 日付が変わると同時に、鐘が鳴り、ピアノの音色は途絶え、店内の全ての照明が落ちた。
「なにが始まるんだ?」
 不思議そうにするハンズスに、「スペシャル・ショーよ」とマージが微笑む。その言葉が終わらないうちに、カウンターの照明がわずかに灯った。
 重ねられたグラスの前に、英雄、クレバス、セレンが立っている。
 チッチッチッというリズムを刻むような音の後に、それは始まった。
 流れる音楽に合わせて、英雄達がリズミカルにボトルを手にする。手の中で一回転させて、宙に放り、後ろ手で受け取ったかと思うと体を回転させながら上へと投げた。空中で交差したボトルが、また互いの手へと納まる。そのまま手の甲を滑らせて一回転させると、初めてグラスに酒を注いだ。
「すごい!」
 マージが呟く。
 その間に今度はクレバスがレモンを、英雄とセレンがシェイカーを持つ。手にした物をお手玉のように投げ、時に三人で交差させながら、その距離を遠ざけていった。タイミングを計ったかのように英雄とセレンがシェイカーを二つに割る。その中に、クレバスの投げたレモンがそれぞれ綺麗に収まった。店内から拍手が沸き起こる。
 まだ拍手は早いというようにセレンが指を立てた。英雄と揃えて、シェイカーを前に突き出す。開けたその中からは、先ほどのレモンではなく、カクテルが現れた。それをタワーのように積んだグラスの上に注いでいく。一つ目のグラスから溢れたカクテルが、次のグラスへと移って行く。いつの間にか英雄達が手にしたボトルから注がれた酒が、やがてタワーを満たす。クレバスが指を弾いた。瞬間、青い炎がグラスタワーを駆け下りる。店内から歓声と拍手が沸き起こると、照明が元に戻った。
「当店からのサービスです。どうぞ」
 先ほど作ったグラスタワーを崩して、英雄達が店内の客へと運び始めた。
「すごい、綺麗だったわ」
 マージが言うと、英雄が照れたようにはにかみながらグラスを置いた。
「そりゃよかった。味もいいと思うよ」
 ハンズスも、と言いかけた英雄はその気配に言葉を呑んだ。
「代打だって?あれが?お前があんなに多芸だとはな」
「知らなかったのか?僕は器用なのさ」
 さらりと告げながらハンズスの前にグラスを置く。ハンズスは面白くなさそうな顔をした。じゃ、僕はこれでと言わんばかりの英雄の腕をハンズスが掴む。
「待て」
「なんだよ」
「これはお前が飲め」
 なんでさ、と英雄が言う。そのぎこちなさにハンズスは確信した。
「なにか入れたな?」
「や…だなぁ、なに言ってるんだい、ハンズス」
 あははと英雄が笑った。
「お前は器用だ。それは認めよう。今、袖を引く瞬間になにか入れたな。塩か?」
「その眼鏡はよっぽど性能がいいらしいな」
「ごまかすな、ほら」
 ハンズスがグラスを突きつける。困難に直面したような顔の英雄を見て、カウンターの奥にいたダルジュが呟いた。
「いいのかよ、助けなくて」
 言われたクレバスが顔を上げる。
「別に。自業自得じゃん?」
 薄情なモンだな、とダルジュは呆れた。
「てめぇとセレンがイベントやるっつったから、碌なもんじゃねぇとは思ったけど、まあ見れたじゃねーかよ」
「ありがとう!」
 ダルジュの言葉にクレバスが微笑む。
「褒めてねーよ」
 居心地が悪そうにダルジュが舌打ちした。
「そうか、期待に応えていなかったか」
 いつの間にかダルジュの背後に立ったセレンが言う。ダルジュが青ざめた瞬間に、もうその顎が掬われていた。
「余興だ。剣のひとつも呑んでもらおうか」
 どこから調達したのか、フェンシングにでも使えそうな長剣がセレンの手に握られていた。背後から顔を上向きにされたダルジュの口に、ゆっくりと剣先を差し込もうとする。
「セレン!」
 クレバスが抗議の声を上げた。
「大丈夫だ。ダルジュさえ動かなければ、…多分、な」
 不敵に微笑んだセレンの顔が悪魔に見える、とダルジュは思った。
 きゃあ、と店内から悲鳴が上がる。
「セレン、なにやってるんだ!」
 英雄が慌ててカウンターに駆け込む。内心、渡りに船だと安堵しきっていた。
「ちょっとしたジョークさ。ダルジュにも見せ場は欲しかろう」
 セレンが笑いながらダルジュを手放す。口の中にまで剣先を迎えたダルジュとしては、到底冗談には思えなかった。
「言うと思ったぜ」
 ふう、と口元を拭ったダルジュが控え室を示す。クレバスはそこに見慣れた女性が立っているのに気付いた。
「カトレシアさん」
「お久しぶりです」
 控えめに微笑んだカトレシアが、軽く会釈をする。
「こいつとの連弾。それでいいだろが」
 ダルジュが用意周到なのが面白くなかったのか、途端にセレンは興味が失せたような顔をした。まあ、いいだろうとは随分投げやりに言ったものだ。 
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