A Special Day2

 00:14 AM―――


 宴の残骸、どころか、宴そのものが催されていない。
 そんな間の抜けた部屋に、アレクは戻ってきた。
 本来であれば、クレバスとガイナス、そして英雄も一緒に、食事をする予定だった。シンヤも誘ったが、英雄と同じテーブルにつくことを拒まれた。今となっては、大差ない。
 テーブルの上の料理を見て、アレクが肩を落とす。それを見たセレンが、言った。
「クレバスから聞いた。企みごとがあったそうだな。どういう風の吹き回しだ?」
 言われたアレクが、セレンを見やる。
 一瞬言うべきか迷いを見せて、アレクは告げた。
「最近、ミスが多かったデス」
「ミス?」
「お皿割ル、カップ落ス」
「ああ」
 セレンは頷いた。傍らに寄ってきた子猫の喉を撫でる。
「悪戯盛りだからな」
 子猫が甘えるように鳴いた。
「……ハイ?」
 アレクは目を丸くした。
「……私がやったと思っていたのか?」
 セレンが怪訝そうに眉をひそめる。
 アレクは絶句した。
 子猫とセレンを見比べて、必死に記憶の糸を辿る。そういえば、そうだ。セレンは自分がやったとは一言も言わなかった。そして、傍らには必ず子猫がいた。
 アレクの背を、冷たい汗が流れた。
 無言を肯定と取ったのか、セレンは手にしたプレゼントをゆっくりと眺めた。
「なるほど、それで」
 溜息ともつかない息を吐き、テーブルの上に準備された料理を見る。それから、アレクの額に触れた。傷に走る痛みに、アレクが顔をしかめる。
「こんな怪我までして、馬鹿だな」
「……バカデス」
 髪を掬い上げられ、バツが悪そうにアレクは目をそらした。
 まるで子供のようだとセレンが微笑む。それすら馬鹿にされた気がして、アレクは憮然とした。
「で?」
 セレンがソファに腰掛けた。
「なんデス」
 アレクは自室に飛び込みたい衝動をぐっとこらえた。出来るならば鍵もかけて、今夜はもう会いたくない。
「これはクレバスとサラ、これはガイナス」
 セレンが言いながら渡されたプレゼントをテーブルに置く。ラッピングのリボンに、子猫が挑みかかった。
「お前は何を寄越す気だったんだ」
 セレンが足を組み、悠然と構える。
 言われた言葉に、アレクの目が瞬いた。
「……食事ヲ」
 一緒に、いつもよりゆっくりと楽しもうと。
「いただこう」
 セレンが立ち上がる。その気配に、子猫も動き出した。
 テーブルにつこうとするセレンを、不思議なものでも見るような目でアレクは見ていた。
「なんだ?」
 視線を感じたセレンが顔を上げる。
「優シイ。不気味デス」
「ご挨拶だな」
 それを言うなら、ここ数日のお前の方がよほど気味悪かった。と言いかけて、セレンはその言葉を飲み込んだ。言ったが最後、アレクが激昂するのは目に見えている。
「ナンデス」
 料理を温め直し、テーブルについたアレクがセレンを見返した。
「いいや」
 セレンがフォークを手にする。その仕草すら自分を馬鹿にしているようだと、アレクは思った。


 02:08 AM―――


 真夜中のディナーは滞りなく、そして穏やかに終わりを迎えた。
 特に会話が弾むでも、かといって沈黙が支配するでもなく、強いて言えば通常通りの、そんな食事だった。
「セレン」
 後片付けを終えたアレクが、自室に戻ろうとするセレンを呼び止めた。
 セレンの足が止まる。
「なんだ?」
「……痛いデスカ」
 主語のない問いに、セレンが怪訝な顔をした。
「なんの話だ」
 怪我をしているのは、アレクのほうだ。
 そう言いかけたセレンに、アレクが手を伸ばす。褐色の肌をしたアレクの指が、セレンの死角に消える。
 左目に触れようとしている。
 一瞬不快そうな表情をしたセレンは、己を宥めるように目を閉じた。
 前髪が掬われる感覚。頬に新たな空気が触れる。
 失った左目に視線を感じる。
 もしそこに瞳があったなら、今のアレクの表情が見えたろうか。
「古傷だ、痛むはずもない」
 終了を告げるように、セレンが言った。同時に、右目を開く。
 アレクは大人しく引いた。まだ何か言いた気な顔をしているのには気づかない振りをして、セレンは歩き出した。
 そのまま、自室へと戻る。ドアを閉めると、左目に触れた。かすかに、アレクの余韻が残っている。
 この瞳があれば、アレクの表情が見えたろうか。

 見えなくても、わかっている。
 自分を心配している。

 セレンの唇が薄く微笑む。
 それは素敵な幻想だった。


【A Special Day2 完】
2009.3.14.〜4.17.
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