無敵戦隊シャイニンジャー

MissionExtra:「嘘つきはチョコの始まり」

 ニ月。かじかむような寒さの中に、ホットなイベントが近づいていた。
 バレンタインである。
 淡い恋心を抱く乙女達が、チョコを武器に想いの丈を告白する記念日。
「製菓業界はうまくやりましたね」
 と評したのはブルーだ。近代科学の粋を集めたシャイニンジャー秘密基地の中で、相変わらずのスーツ姿。あくまでビジネスと捕らえるその物言いに、聞いていたブラックがにやりと笑う。黒の作務衣に、首から下げた数珠が揺れた。
「寝具業界も便乗したらどうだ?クリスマスなんか稼ぎ時だろ?」
「あそこまであこぎなやり方はしませんよ。精精、女性向け雑誌と手を組んで、かわいい女の子レイアウト特集あたりでクッションを売る程度です」
「寝具じゃずばりすぎるもんなー」
 可可、と笑い飛ばしたブラックの頬目がけてブルーのファイルが飛ぶ。ブラックの頬を見事に捕らえたそれは、メインルームに乾いた音を響かせた。
「品がないわねぇ」
 長官に報告に来ていたステファン医師が嘆息する。それよりも深いため息を長官がついた。
「バレンタインか」
 参考書を広げていたレッドはぼそりと呟いた。ブラックが耳ざとく聞きつける。
「お、なんだ。誰かの期待してんのか!?」
「美沙のに決まってます!」
 いつの間にかもぐりこんだ美沙が、ブラックとレッドの間に割ってはいる。思い切りあかんべをして見せて、美沙はくるりとレッドを振り向いた。
「美沙、レッドさんにチョコ作りますね!」
「うん、ありがとう」
 にこりとレッドが微笑んだ。美沙の心が舞い上がる。冷めた目でそのやりとりを見ていたブラックに、ブルーが声をかけた。
「貴方はどうなんです?」
「あ?」
 腫れ始めた頬を押さえて寝そべっていたブラックが振り返る。ノートパソコンを起動させたブルーは、何事かを打ち込みながら、ブラックに聞いた。
「バレンタイン」
 その言葉に、オペレーターのナナの手が止まる。
 ブラック達に背を向け、仕事をしてはいるが、その目は画面の文字を捕らえてはいなかった。全神経が耳に集中する。こくり、と唾を飲む音がナナの内に響いた。
「ふ、愚問だな」
 ブラックが身を起こす。
「俺の寺は山の中だぜ。誰がくれるっつーんだよ」
 良くてばっちゃんのヨモギ餅だとブラックは言った。パソコンを叩いていたブルーの手が止まる。
「その、数珠の女性達は?」
「バッカ。愛はモノじゃないだろ?」
 得意げに笑うブラックを見て、ブルーは「あなた騙されてますよ」とだけ言い、パソコンを閉じるとメインルームを後にした。
 見送る長官の胃がきりりと痛む。
「ばれんたいん、ってなんなん?」
 メインルームの入り口に立った宮田主任が、不思議そうに呟いた。

【バレンタイン】
 起源はギリシアの古代ローマ時代にまで遡る。
 当時、貴重品であったカカオの実を己の親しき異性の者に食べさせる祭りが発端。
 その際、相手は一人に絞らねばならない。また、相手は全力でそれを阻止するのが礼儀である。現在はカカオの実からお手軽なチョコに変わったが、本格派はカカオの実で行っている。
 初回の挨拶は、必ず相手の後頭部に実を投げつける様式となっている。
 決闘の形式に模して行われたため、惨劇が絶えず、「血のバレンタイン」とも呼ばれる。
 お礼参りはホワイトデー。相手を逆転して行うイベントである。

「そうなんか……」
 ひとしきりブラックの説明を聞いた宮田主任は、感慨深げに頷いた。
「ブラック……」
 見かねたレッドが声をかける。それ以上の言葉を言う前に、ブラックがレッドにヘッドロックをかけた。
「いいから黙ってろ。面白そうじゃねーか」
 ひそひそと耳元で囁かれ、でも――とレッドは瞳を上げた。
 何事か思案していた宮田主任がぽんと手をつく。
「よっしゃ!わかった。相手は一人なんやな?」
 戦いか、と独りごちて、宮田はメインルームを後にした。
「あ、みや…」
 声をかけようとしたレッドの口をブラックが塞ぐ。
「いーじゃねーか。面白くなるぜ!」
 可可と笑うブラックの様子を見ながら、ステファンは静かにこめかみを押さえた。



 そして――運命のニ月十四日。
 街角に一人のネオロイザーが現れた。珍しく八頭身で、すらりと整ったスタイル。編み笠を取った顔はカカオ豆で出来ており、次郎長スタイルのそこここから覗く手足は木のようだった。
『この世に義理など要らぬ!憐れみなど不要!』
 言い放ったネオロイザーが大きく口を開ける。この世のチョコというチョコがその口に吸い込まれていった。
「あ…っ」
 街に買い物に出ていたナナの手の内にあったチョコも吸い込まれていく。綺麗にラッピングされたチョコに手を伸ばそうとするナナより早く、その包みを取った手があった。
「え」
「はい、これ。大事なんだろ」
 そう言ってナナにチョコを手渡すのは、シャイニングスーツを纏ったブラックだ。
 途端に、ナナの頬が赤くなる。
「あ、ありがとう……ございます……」
 ブラック用に買ったのだとはとても言えなかった。うつむきながら、チョコを受け取ると、ナナが顔を上げるより早くブラックはネオロイザーの元に辿り着いていた。
「そこまでだぜ、ネオロイザー!」
『なんだ貴様は!』
「この世から義理を取ったら愛は残らねぇ!そのチョコ、みんなのとこに返してもらうぜ!」
『おのれ、猪口才な!』
 ネオロイザーの口から高温で溶かされたチョコが吐き出される。ブラックはかろうじて避けた。ブラックの代わりにチョコをその身で受けた木が、全身チョコと化す。
「な、なんだと…!?」
 ブラックの頬を冷や汗が伝った。
 あのチョコを浴びると全身がチョコになると言うのか。つまり。
「等身大メイドチョコも夢じゃないってか……!?」
 くだらない感慨に浸る間に次の攻撃が飛ぶ。ブラックが避けるよりも早く、そのチョコを砕いた光があった。熱い、燃えるような赤だ。
「レッド!」
「ごめん、遅くなった」
 ブラックに詫びたレッドがネオロイザーに向き直る。
「みんなの想いがこもったチョコを、独り占めするなんて…!」
 そりゃ、様々な思いがこもっているだろうなとブラックは推測した。中にはいやいや買った義理チョコも混じっていることだろう。
「許さない!」
 レッドが身構える。ブラックは肩の力を抜きつつも、レッドに合わせることにした。


 ネオロイザーが消えたという一報に、長官はほっと胸を撫で下ろした。レッドとブラックはやってくれたのだ。しくしくとした胃の痛みが消えていく。
「はい、これ」
 安堵する長官の前に、ステファンが小瓶を差し出した。可愛らしくリボンなどが巻かれている。
「今週分の胃薬。バレンタインだからね、ラッピングに凝ってみたわ」
 得意げに笑うステファンに、長官はつられるように微笑んだ。
 彼にとって不運だったのは、第一にオペレーターには細かな会話が聞こえなかったこと。第二に、バレンタインのチョコ商品の中には医療品を模したチョコがあること。第三に、ステファンの日頃の言動が非常にまぎらわしかったこと、が上げられるだろう。
 つまり、「ステファンからの本命チョコを長官がみんなの前で受け取った」というまことしやかな噂が基地内を駆け巡ったのである。
 それを知った長官の胃痛は並々ならぬものがあり、医療センターに緊急コールが鳴り響くことになるわけだが、それはまた別の機会に。

 美沙の手作りだというチョコを目の前で頬張るレッドを見て、ブラックは嘆息した。
 結局、今年のバレンタインは坊主になりそうだ。坊主が坊主、おあとがよろしいようで。
 はあ、とため息をついた拍子に、ナナがブラックの茶を淹れた。湯飲みに続いて、ことりと置かれた皿にブラックが目をやる。陶器でできた皿に、ちょっとしたチョコ菓子が載っていた。
「あの、よ、よかったら、どうぞ」
 ナナが真っ赤になりながら盆を抱きしめる。
 しばらくナナを凝視していたブラックが、ふと頬の力を緩めた。屈託のない、少年のような笑みを浮かべる。
「ありがと、ナナちゃん!」
 それから数時間後、後頭部に見事なコブを作ったブルーに制裁されるなど、今の彼には予測もつかないことだった――。


【無敵戦隊シャイニンジャー番外:嘘つきはチョコの始まり・完】
2006.2.13
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