無敵戦隊シャイニンジャー

MissionExtra2:「新社会人となる君へ」

 シャイニンジャー秘密基地のメインルームで、レッドは相変わらず参考書を広げていた。もう0時を過ぎようとしているせいだろう、メインルームに人影はまばらだった。長官はすでに退室し、オペレーターも夜勤シフトの3人が残っているだけだ。コンピューターのモーター音がやけに大きく聞こえる。まるで基地の呼吸のようだと、レッドは思った。
 このままなにもなく1日が終わると思われた頃、ふいにメインルームの扉が開いた。現れた姿を見たレッドが、思わず立ち上がる。
「ブルー!」
「おはようございます。まだいたんですね」
 目の下にクマを作ったブルーが、ぼうっとした顔のままソファに座り、パソコンを起動させた。会社帰りなのだろう、スーツ姿のままだった。傍らのレッドには目もくれず、ファイルを開いて、何事かを打ち込んでいる。
「珍しいね。仕事?」
 レッドの声に手が止まる。苛立った気配を感じさせまいと、ブルーは息を吐いた。
「そうです。年度末の締め作業に見通しが立ったので、今度は入社式の準備をしなくては。スピーチなんて面倒なことを考えたのは誰なんでしょうね? 馬鹿となんとかは高いところが好きと言いますが、この馬鹿げた風習を始めた人間もろくなもんじゃありませんよ。ああ、フリーターであるあなたには全く関係のない話でした」
「うん」
 取り付く島もなさそうなブルーの言い方に驚きながらも、レッドは頷いた。
「レッド、しばらくここにいますか?」
「そうだね、もう30分くらいは」
 ブルーが時計に目をやった。明日という日は、すでに今日になっている。
「15分後に起して下さい」
 言うが早いか、ブルーは机に突っ伏した。小さな寝息が聞こえてくる。オペレーターの時田ナナが立ち上がって、毛布を持ってきた。そっと、ブルーにかける。
「ありがとう」
 レッドが小声で礼を述べると、ナナは少しだけはにかんだ。
 ナナが静かにその場を離れようとした瞬間、高笑いと共にブラックがメインルームに入ってきた。相変わらずの黒の作務衣に、数珠、手にはパチンコ屋の紙袋を抱えていた。
「やー、まいったよ。フィーバー止まんなくってさ」
 可可、と笑ったブラックに慌ててレッドが駆け寄る。
「なんだ? 景品でも欲しいのかよ、ホレ」
 ブラックがチョコレートをレッドの鼻先につきつけた。
「違う、ブルーが寝てるから、ちょっと静かにしてほしいと思って」
 子供扱いされたことに気分を害したようにレッドが言う。怒ることでもないだろうと、ブラックが改めてチョコをレッドに手渡した。それから、興味深そうに寝入っているブルーを見やる。
「ほほー、お仕事の最中に居眠りねぇ」
 悪戯っけを含ませて笑ったブラックが、ブルーのノートパソコンに手を伸ばす。ちら、と視線をやっても、ブルーは起きる気配を見せなかった。
「だめだよ、勝手に」
「いいじゃねーか、減るもんじゃなし」
 可可と笑い飛ばしたブラックが、パソコンを起動させる。直前にブルーが触っていたのは、ワードの文章だったようだ。内容から察するに、スピーチ原稿らしかった。
「なんだこりゃ、スピーチ?」
「ああ、なんか入社式があるからスピーチがあるとか言ってた」
 ダメだと言っていたレッドが、いつのまにかブラックの後ろに立っている。モニターには、ブルーの書いた文章が映されていた。

『この春、斉藤寝具に入社した皆さん。
 まずは、おめでとうございます。就職難と言われるここ数年、大手の採用基準は厳しくなり、また永年雇用神話も崩れて久しい時代です。そんな中で、皆さんは業界最大手メーカーである当社を選びました。私達経営陣は、そのことをとても嬉しく思います。皆さんも、斉藤寝具の一員であるという自覚を持って、日々の業務に励んで下さい。
 さて、今日は皆さんに、社会人としての心構えをお伝えしたいと思います。
 寝具メーカーである当社は、最終的なユーザーであるお客様と直に接する機会がほとんどありません。
 管理職である私は、なおさらです。ところが、先日こんなことがありました……』

「ふーん」
 意外とまっとうなスピーチじゃないかとブラックは頷いた。先を読もうと、スクロールした途端に顔が歪む。画面には、こう表示されていた。

(適当にお涙頂戴話を入れる予定)

「ブルー……」
 画面を覗きこんだレッドが嘆息した。らしいといえば、らしいのかもしれない。
「ん? でも締めはできてるみたいだぜ」
 ブラックが空白の先にある文章を見つけた。

『働いている間に、なんのために自分がこんなことをしているのかと目標を見失ってしまうこともあるでしょう。 そんな時に、この話を思い出して欲しいのです。
 私達は、お金の為に働いているのではありません。お客様のために働いているのです。日々の作業、その向こうにお客様の笑顔があることを、忘れないで下さい。
 皆さんが有意義な社会人経験を積むことを願います』

「うわ、かってぇ文章」
 まるで苦い茶でも飲んだかのように、ブラックが顔をしかめる。拒否反応でも出るのか、ぼりぼりと腰を掻いた。
「お仕事、大変なんだね」
 レッドがそっとブルーを見やる。つられてブルーを見たブラックは、にししと笑い出した。
「じゃあ、俺らで手伝ってやろうぜ」
「え?」
 レッドが振り返る間もなく、ブラックがキーボードに手を伸ばす。
「ブラック!」
「いいじゃねーか、お遊びお遊び。パスもかかってねーし、セキュリティ甘すぎだよっと」
 言いながらブラックがキーを二、三押す。
「何がいいかな。ブルーは金好きだし、諭吉かな」
 ポン、とエンターを押して出てきた文章に、ブラックは爆笑した。
「あはは、見ろよこれ、レッド!よっぽどブルーらしい文章になったぜ」
「もう、なにやったんだ」
 ブラックの手からパソコンを奪って、画面を見たレッドが絶句する。適当に語句変換された文章は、ものの見事に破綻し、特に最後の締めの文章が惨状を呈していた。

『私達は、お客様の為に働いているのではありません。諭吉様のために働いているのです。日々の作業、その向こうに諭吉様の笑顔があることを、忘れないで下さい』

「ひどい」
 一文を読んだレッドが小さく息を飲む。その間もブラックは腹を抱えて笑っていた。
「なあ、ブルーらしいだろ?」
 ひいひいと腹を抱えながら身をよじったブラックは、ソファに突っ伏して声を押し殺しながら、それでも笑っていた。
「ブルーが怒るよ」
「構うもんかよ。大体、そんくらいで怒るなんざ器が小せぇ証拠だって」
「ブラッ……」
 いさめるようなレッドの声が途切れたことに、ブラックは気づかなかった。レッドの口元に手を当てたブルーが、唇の前で人差し指を立てる。眠気の余韻を引きずった顔で、ブルーはパソコンの画面を見た。ざっと目を通した後、徐々に唇が歪む。静かで、凄惨な笑みだった。その表情を見たレッドが、青ざめた顔で一歩後ずさる。ブラックはまだ笑っていた。
「あっはっは、ダメだ。腹痛ぇ……!」
「ストレス解消になったようで何よりですよ」
 身をよじるブラックを見下げたまま、ブルーの手の中でシャイニングソードが起動する。
 真夜中の基地に響いたブラックの絶叫は、長く尾を引いていたと言う……。


【無敵戦隊シャイニンジャー番外:新社会人となる君へ・完】
2006.3.27.
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