ことば日和

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  おかあさんのシチュー  

 ことこと、ことこと。
 おなべからシチューがにえるいいおとがする。


 ゆみはシチューをたべるのが大すき。
 たまねぎ、にんじん、じゃがいも、おにく。
 ミルクたっぷりのシチュー。
「彩りにブロッコリーを別で茹でて後で添えるととっても綺麗なのよ」
 おかあさんがつくっているよこにぴったりくっついたゆみにおかあさんはいった。
 ゆみは、おかあさんのシチューがとってもすきだった。

 おかあさんがいなくなってから、ゆみはシチューをたべられなかった。
 おかあさんのシチュー。
 まねをしたけどじょうずにできない。

 いつかおかあさんがかえってきたときに、びっくりさせてやろうとおもってた。
 そんなゆみをみて、おとうさんはないていた。
「お母さんは、もう帰ってこないんだよ」
 といっていた。

 うそだ。
 あの日、おかあさんはやさしくわらってでていったんだから。
「またね、由美」
 そういって、ゆみのあたまをなでてでていった。

 「またね」は「さよなら」じゃないじゃない。
 
 だからゆみはまっていた。
 おかあさんがかえってくるのを。
 おとうさんは「もうお母さんは死んだんだ」といっていたけど、うそだよ。

 ゆみ、「さよなら」をいってない。
 
 シチューのはいったなべのふたをもちあげて、ぐるぐるかきまわした。
 う〜ん、いいにおい。
 おとうさんきっとびっくりするよ。
「お母さんの味がする!」
 って。
 ゆみ、じょうずになったんだもん。えへん。
 おかあさんにも、たべてほしかったな。
 ずきんと、なんだかむねがいたい。


 おかあさん。
 しんだおかあさん。
 うそだとおもっていたのに、ほんとうだったんだね。

 
 まちでみた。
 おかあさんが、しらない子のおかあさんになってた。
「おかあさん!」とゆみがそばによったらひきつったかおをした。
 しらない子が「この子、だあれ?」っていって、おかあさんは



 おかあさんは…



 おかあさんは、「さあ?」といった。




 むねがぎゅーっとくるしい。
 なみだがぽろぽろシチューにすいこまれていく。
 たいへんだ。なみだあじになっちゃう。

 でもいちどおもいだすとどんどんおもいだす。
 わすれたいのに。




 ゆみがショックでぼーっとしていると、しらない子はゆみに「これはわたしのおかあさん!」
といった。
 なんだかむかっとして、ゆみはその子をたたいた。
「由美!」
 ぱちんとおかあさんがゆみをぶった。
 そのこえも、そのてもおかあさんのものだった。


「さきに帰ってなさい」
 おかあさんは知らない子にそういって、そのうしろすがたをたっぷりみおくってから、いやなも
のをみるようなめでゆみをみた。
 しかたがない、というふうに。
 ゆみはそんなおかあさんしらなかった。
 「お母さんは死んだんだ」とおとうさんがいったのをおもいだしたら、とてもかなしくなって、
ゆみはなきだしてしまった。


 なきだしたゆみをおかあさんはいえまでおくってくれた。
 げんかんで、「さよなら、由美ちゃん」といった。
 さよなら…。
 ゆみは、いえなかった。
「おかあさんは、ゆみのおかあさんじゃないの?」
 それだけ、ようやくいえた。
 おかあさんは、ざんねんそうにいった。
「由美ちゃんのおかあさんは、もういないわ」
 そういって、ゆみにせなかをむけた。



 
 ことこと。ことこと。
 おなべのなかでシチューがいいかんじににえている。

 おいしいおだしがでているみたい。

 おかあさんのシチューなら、きっとおとうさんよろこんでくれるよ。
「ね、おかあさん」
 そうね、とおかあさんのこえがシチューからきこえたきがした。
 あまったおにくがたくさんあるから、あしたもあさってもシチューにしよう。
 
 ぐう〜。

 ゆみのおなかがなった。
 おとうさんがくるまえに、さきにひとりでたべちゃおう。
 ゆみはいそいでごはんのじゅんびをした。
 おなべからまあるいおさらにシチューをよそう。
 ごろりとおにくがガスレンジにおちてしまった。
「あっ!」
 ゆみはあわてておかあさんのかけらをひろいあげて、ついぱくんとたべちゃった。
 おかあさんは、やさしいあじで、おいしかった。

 ごはんのじゅんびができました。
 きょうは、ごはんとおかあさんのシチューです。
 
 おかあさん、さようならはまださきね。
 いただきます!


 
【完】
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