ことば日和

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  とある勇者の嘆き  

 夏休みに図書館で受験勉強していたら、ノートの上に妖精が現れた。赤い髪、白い肌と透明な羽を持つ掌サイズのちまっこい女の子。昔読んだ童話のティンカーベルに似てる。ご丁寧に「世界を助けて」なんて涙目で言ってんの。
 ああ、俺、ここのところ根詰めてたからな。高校三年だからって気負いすぎたのかも。何事も無理は良くないよなと反省していたら、妖精が「ごめんね」と言って目も眩むような光を放った。

 目を覚ました場所は、見たこともない砂漠だった。空気が乾いて、土が紫色に変色している。空なんか緑色だ。ああ俺はまだ夢を見てるんだと寝直そうとしたら、あの妖精がビンタしてきやがった。
「夢じゃないんだから!」
 ここはあたしの世界で、今、滅びようとしているなんて言い始める。
「ああ、そう」
 他人事のように聞いていたら、驚くような一言が飛び出した。
「元凶は、あんたのお父さんよ!」
 父親って、俺、ガキの頃から全く記憶にないのですが。

 世の中というのは恐ろしいもので、親のツケは子が払うことになっているらしい。「あなたには世界を救う義務があるの」なんて恐ろしいことをほざいた妖精(だんだん蛾に似ている気がしてきた)は、近くの村の人々に俺を勇者だと紹介しやがった。
 俺のじいさんより年食ってそうな年寄りが、「ありがたい、ありがたい」なんて涙を流しながら俺の手を握ってんの。ああ、悪くないかなーなんて思ってたら、どっこい。俺の正体がオヤジの息子だとばれた途端、掌返して石投げてきやがった。
 逃げている最中、俺にまとわりついていた妖精は言ったね。
「仕方ないのよ。みんな、あなたのお父さんを恨んでる」
 てゆーか、俺の正体ばらしたのお前しか考えられないんだが。

 オヤジが一体なにをしたのか、だんだんわかってきた。
 世界のあちこちが病んで、腐ってきている。本来、豊穣の女神に愛され、緑育まれた土地だったらしい。そんな世界に「病」を持ち込んで、オヤジは言った。
「世界を救いたければ私に隷従するがいい」
 がくりと頭をうながれた俺に、妖精は言った。
「お父さんがそんなことしていたなんてショックよね。元気、出して」
 そんな電波の血を引いているのかと思うと鬱になるだけだ。

 なんだかんだで辺境に放たれたモンスターを倒し続けていたら、俺も強くなってきた。経験値があがったってヤツだ。こんなことを言うと、大人はすぐ「ゲーム脳だ! 昨今ゲームの影響で凶悪犯罪が」なんて言い出すけど、ゲーム脳だって捨てたものじゃないと思う。現実に俺は助かっているわけだし。ゲームに慣れていなかったら、こんな状況で正気を保つのは難しいだろう。
「がんばって!」
 モンスターの攻撃を受けてひるんだ俺の周りを、妖精が飛んでいる。きらきらと撒かれる光の粉が、俺の傷を癒していた。コイツの役目はそれだけらしい。
 一度なんか、俺がどう見ても瀕死な状況にも関わらず、「がんばって!」と叫んで俺の上を飛んでいた。
 お前、俺を連れて逃げるとかの選択肢はないのか?

 そんなことを繰り返すうちに、俺にも仲間ができた。俺がオヤジの息子だと知って、切りかかってきた男、病に倒れた妹のため立ち上がったイケメン、楽しければいいとついてきた女。
 それなりにうまくやっていけるかもなんて思った矢先に、オヤジが現れた。ボロついて寂れた神殿の跡地。さてこれから休憩でもしましょうというタイミングだ。
「私は、神だ」
 眩暈がするような電波だった。飛びっぷりが神がかっている。元の世界に戻ることができたら、お袋に顔以外のどこが良かったのか小一時間詰め寄りたい。そんなカンジだ。
 オヤジが空を手で掃くようなそぶりを見せると、それだけで世界に病が飛んだ。「うっ」とか「ぐわっ」とか言いながら、仲間達が倒れていく。この世界のヤツラ、病原菌のないところで暮らしていたもんだから、免疫なんてものが皆無らしい。妖精が慌てて彼らを癒し始める。ひ弱すぎだろと俺は内心突っ込んだ。
「なにやってんだよ!」
 俺が叫ぶと、オヤジは初めて俺を見た。
 まじまじと見つめ、それからにやりと笑う。
「お前は――そうか」
 私の息子か、と呟いた。
「どうだ? 共にこの世界を支配せんか?」
 なにを言うんだこのオヤジは。
 俺は手にした剣を握り締めた。
 仲間達の視線が背に刺さる。
 やめろよ、見ないでくれ。
「俺は……」
 剣の柄を握り締める。かつてこの世界で竜をも屠ったと言われる豪剣だ。あの妖精にそそのかされて、断崖絶壁の山を登る羽目になった。二度ほど落ちて死にかけた。後で観光にも使われる楽な裏道があると知った時には、あいつを握りつぶそうかと思ったほどだ。

「俺は、お前の息子なんかじゃねぇ!」

 叫ぶと同時に切りかかる。
 オヤジは驚いた顔をして、あっけなく俺に切られた。
 体がまっぷたつに割ける。
 驚いたオヤジと目があった。
 俺に似てる。違う、俺が似てるんだ。

「息子よ、よくやった」

 オヤジが言う。
 あんた俺の名前も知らないのか。
 なんだか無性に悲しくなってくる。
 二つに裂けた親父の体の前で肩を落としていると、妖精がやってきた。心配そうに、俺の名前を呼ぶ。
 うるさい、黙っててくれ。
 手で妖精を追い払おうとすると、足元が揺れだした。石で出来た神殿が、振動している。合わせて揺れていた親父の体が、真っ黒な灰になって消し飛んだ。
「なんだ?」
 叫ぶ間もなく空から声がする。
「ははは、それでこそ我が息子、いや、勇者よ」
 見れば空を画面代わりにオヤジの姿が映し出される。どうやら俺が倒したのはダミーのようだ。
「お前の気持ちはよくわかった。ならば私も手加減はすまい」
 今までどこらへんを手加減していたのか、俺にはわからなかった。
「いずれ世界の頂で再び会おう。その時こそ、私は完全な神となるのだ」
 完全な電波の間違いじゃないのか。
 俺は暗澹たる気持ちとなった。
 映像が消えた後も空を見続ける俺に、仲間達が声をかける。その声にも、俺は振り向かなかった。妖精が俺の周りを飛ぶ。
「……元気、出して」
 あれと血が繋がっていて元気な人間がいるわけないだろが。お前は正気か。
「くそ!」
 怒りのままに剣を神殿に突き立てる。その瞬間、辺りに光が満ちた。
「これは……!」
 仲間が絶句してやがる。
 光は神殿に突き立てた剣から放たれていた。その根元から植物が生え、瞬く間にあたりに一面が花畑となった。
「この地は解放されました」
 神々しい光をまとった女が現れる。この神殿の女神らしい。今まで隠れていたのか。
「ありがとう、勇者」
 礼を言われ、手の甲に口付けを受ける。美人だが嬉しくない。
 なぜなら――
 俺の目には映っていた。距離にして二百メートルほど先で成長を止める植物の姿が。
 その先に延々と広がる砂漠の大地。
 つまり一回の「解放」とやらで緑が戻る土地の広さはたかが知れているということ。
 この世界がどれだけ広いのかは知らないが、全てが終わるまで俺は帰れないだろうということを、俺の「ゲーム脳」は理解した。

 今となっては、オヤジを手にかけた時わずかによぎった情けが憎い。
 もちろん、オヤジは超絶憎い。会ったら殺す。絶対殺す。
 うつろな笑みを顔に宿す。仲間達は喜んだ。
 俺の勇者生活は当分終わりそうにない。


【とある勇者の嘆き・完】
2007.3.4
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