獣−ビースト!−

【7】

「…え…?」
 唖然としたムーアが呟きます。
 大地に降り立って自分の手のひらを見つめていたケルト王子が言いました。
「王冠には2つの能力がある。再生と破壊。金色は再生の光、黒色は破壊の光。王の心情によりその加減がなされるらしい」
 ケルト王子の視線の先に、手のひらでは抱えきれないほど大きなヘビの卵がありました。
「…再生?」
「やりなおすことだ。生まれた姿に立ち返って」
 ケルト王子の返事を聞きながら、ムーアはただじっと西のヘビを抱えた卵を見ました。
 再生。
 あれだけのことをしておきながら、もう一度生きると?
 囁くのは自分の心に住む黒い魔女に違いないとムーアは思いました。
 そうでなければ自分の中にこんなに黒い感情があるわけはないのです。
 ムーアの表情の変化に気づいたケルト王子は足を止めました。
 卵を、割ってしまいたいと。
 ムーアの中を駆け巡るそれはとても簡単で、あっけなく出来るであろう願望でした。
「おい…」
 ケルト王子の声に我に返ったムーアは、気取られぬよう微笑んでみせました。八重歯がきらりと光ります。
「おめっとさん、王様」
 フン、と小鼻を鳴らしたケルト王子が雷牙の動きを見て目を見張りました。
 お腹がすいていたのでしょう、雷牙は西のヘビの卵を飲み干していました。
「…雷牙…」
 呆然とケルト王子が呟きます。
「うまぁい!」
 雷牙は嬉しそうに言いました。
 ファルコは言葉すら出てきません。ただわなわなとその体を震わせていました。
「うまかったよぉ、ケルト!」
 ごろごろと喉を鳴らす雷牙をあやしながら、ケルト王子はため息をつきました。
「おい、いいのかよ…?」
「食物連鎖だろう?しかたあるまい」
 自分に言い聞かせるようにケルト王子は言いました。
 空はどこまでも青く、高く澄み切っていました。


 それから何週間かが過ぎました。
 ケルト王子は戴冠式こそなかったものの、王位継承の儀を行い名実ともに森の王となりました。傍らにはいつもそばにいる獣の雷牙と胸を張ったファルコがいました。
 若く賢い王の誕生を森の誰もが喜びました。
 鳥達はそれぞれの羽を手入れして輝きを増し、サル達は手に届く限りの果物を持ってきました。ウサギやリスたちは木の実を集め、皆が王城に祝福の言葉を届けていました。森の王国全体が、木々に至るまでざわついていました。

「あ〜あ」
 ムーアは暇そうにプラムを放りました。
 王城のすぐ横の大きな木、その中ほどの枝にに腰掛けて涼んでいたのです。
 出るのはため息しかありませんでした。すべきことは全部してしまったのです。
 これからどうしようかと視線をめぐらせて、下に雷牙がいるのに気づきました。
「おい、雷牙!」
 声をかけると雷牙が木の上にいるムーアを見上げました。
「ムーア!」
「おう、これやるぜ!」
 ムーアは手に持っていたプラムと、七色に輝く石を雷牙にむけて投げました。
「なに〜?」
 雷牙がプラムを頬張りながら不思議そうに石を見ます。
 ムーアは木から飛び降りて、雷牙のそばに立ちました。
「王城の宝物庫からちょっとな」
 ムーアは得意げに鼻をこすりました。
「あれだけ働いたんだから報酬くらいあったっていーだろーよ。ったくケチくさい王様だぜ」
「それは悪かったな」
 ムーアの背後にケルト王子が立っていました。ああ、もう王子ではありませんでしたね。
 今はケルト王と呼ばれていますが、子供ゆえに過信してくれるなという王子の申し入れを受けてこのままケルト王子と呼ばせていただきます。
「げ、ケルト!」
 ムーアはまずいのに見つかったと思いました。顔が苦みばしります。
「あ〜、ケルトォ」
 忙しいケルト王子に中々会えなかった雷牙は嬉しそうに満面の笑みで迎えました。
 それに答えるようにケルト王子も柔らかな笑みを見せました。
「お前達にはそれぞれの報酬を用意してある。雷牙、お前には山のような馳走を用意した」
「わ〜!」
 ごちそうと聞いて目を輝かせて大口を開く雷牙の口から、ケルト王子は素早く七色に輝く石を取り出しました。でろりと溶けかけたそれを沈痛の表情で眺めます。
「…森の宝が…」
 深刻に呟くケルト王子に背を向けて、こっそり立ち去ろうとするムーアのマントをケルト王子は掴みました。
「貴様には森の居住権でもくれてやろうかと思ったが…指名手配書のほうがお好みかな?」
 言いながらムーアの額にかざす手のひらが黒色の光を帯びています。
「お前、手!王冠、黒いって!!」
 黒の光は破壊の証です。
 ムーアは慌てて抗議しました。

 空はどこまでも青く、木々の緑は鮮やかに、果てしなく澄んでいました。
 文明の彼方、忘れ去られた森の王国。その物語が、今、始まります。


 
【森の王国 枯れない王冠・完 2005.7.4〜7.21】

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