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第2話 「英雄の事情」

「今日は僕のためにジカンをください」
 アレクは優しい笑みを浮かべてそう言った。とても穏やかで優しい笑顔だった。
 その手に短銃が握られているのを除けば。
 朝の光を受けて公園の木がざわりと揺れた。


「ドウモスミマセン」
 ともアレクは言った。
 謝ればいいってもんじゃないとも思う。だってオレは後ろ手に縛られてるわけだし。
 ナワキツクナイデスカと言いつつ、アレクは絶対に外せるゆるさにはしなかった。
 家の――不本意だがそう呼ぶことにしているオレと英雄の家の――見下ろせる場所だった。
 住宅街の中にぽつんと見える赤い屋根。英雄はまだ家の中にいるんだろうか。
 ビルの屋上、風が轟々と唸る。
 アレクが鈍く光るやたらに長い銃身のライフルを取り出した。

「キミはエイオを知っていますか?」
 かちりと銃身に弾を込めながらアレクが聞いた。
 黒髪がさらりと風に揺れる。
 たぶん、と答えるとアレクは悲しそうな瞳をオレに返した。
「可哀相に。キミはだまされています。彼は善人ではナイ」
 オレはなにも言い返せない。否定できるほど英雄を知っているとは言えなかった。
 確かに、英雄はオレを助けた。けれど人も殺した。
 探偵をやっていると言ったけれど、事務所に確認に行ったことはない。
 話もした。たくさんしたほうじゃないのかと思う。
 だけど英雄は自分の素性は絶対に明かさなかった。
「それで?」
 オレがそう答えるとは思わなかったらしい。
 アレクが驚いたようにオレを見た。
「あいつが善人じゃなくて、だから何?」
 当面のオレの生活に影響するんだろうか。
 どっちかと言えばアレクがこのまま無事にオレを帰してくれるのかが問題だ。
 後ろ手に縛られて無事もなにもあったもんじゃない。
 アレクは目を伏せた。
 なにかとても考えているようだった。
 長い睫が褐色の肌に影を落す。
 そして、アレクはぽつりと語りだした。
「ボクにも、キミと同じくらいの年のオトウトたちがいます…」


 アレクがこの国に来たのはもう十年以上昔だった。奨学生制度を利用して、働きながら学業をこなしていたそうだ。
 医者になって、郷里に帰るのが夢だった。

 その日もアレクは新聞配達のアルバイトをしていた。
 いつもの道、いつもの曲がり角アレクはためらいなく曲がった。
 瞬間、なにが起きたのか理解が出来なかったという。
 男が倒れ伏している。その周りに数人の黒服。
 倒れた男はぴくりとも動かない。
 アレクは…

 駆け寄った。

「ダイジョウブデスカ!」
 持っていた新聞をかなぐり捨てて、男の下へ駆けつけた。うつぶせの男を仰向けにしようとして体に触れた。べっとりと血がつく。男はまだ生きていた。小さな息を聞いてアレクはほっとする。傷は心臓の近くを掠めているようだった。
 手当てが早ければ助かるだろう。
 アレクは止血をしようと男のシャツを破いた。
「そこまでだ」
 かちり、とアレクのこめかみに黒服の男が銃を突きつけた。銃口がブラックホールのように見えたとアレクは言った。
 目をそらせないまま、それを凝視する。
 男の指がゆっくりとトリガーを引こうとした。

「待て」

 場違いな子供の声がした。
 男が銃をしまう。アレクが声のほうを見ると13,4歳の少年が立っていた。
 黒髪に黒い瞳。


「まさか」
 オレは口をはさんだ。
 アレクが頷く。
「それが、エイオでした」


 英雄は、若き日のアレクに悪魔の選択を迫ったという。
 すなわち、死ぬか生きるか。
 生きるのならば、この先組織の手助けをするのが条件だ、と。
「殺しを金でウケオウ。そんな組織が現実にアルなんて、悪い夢を見ているようデシタ」
 嘘ではないという証に、英雄はアレクの目の前で男にとどめをさした。無感動に引き金を引かれた銃身から鉛の玉が飛び出して男の頭蓋を砕いた。飛び散った血がアレクの顔にも付着する。
 あたり一面に鉄くさい血の匂いが充満した。
「DEAD OR ALIVE. 自分で選べ」
 そうその少年は告げた。


「死ぬわけにはいかなかった…。フルサトには家族、待っている…」
 アレクが苦しそうにうめいた。
 広げた両の掌をじっと見つめる。
「ボクがこの国に来るの…トテモトテモお金かかった。だから…」
 ぎゅっとにぎって拳を作る。固く目を閉じた。
「お金は、手にハイッタ。家族ヨロコンダ。だけど、ボクはもう帰れない。コンナ手で、家族を抱きしめられない」
 アレクが顔をあげた。
「キミが」
 オレの方を見て悲しげに笑う。
 すらりと立ち上がると家のほうを見た。
「エイオを好きじゃなくてヨカッタ」

 アレクがライフルを構える。英雄は家にいるのか?
 狙いをつける。銃身がきらりと光った瞬間、アレクが撃った。
 衝撃が周りを駆け抜ける。
 反射的に目を閉じて、恐る恐るアレクを見た。
 険しい顔をして、銃をおろそうとはしていない。と。
 アレクの左肩が弾けた。
 真っ赤な血が飛び散ったかと思うとアレクが膝をつく。
 唇が白い。
「アレク!」
 相変わらず、家のほうを睨んでいたアレクがこちらをむいた。
 疲れたように微笑んで観念したように瞳を閉じた。
「…巻き込んでゴメンナサイ」
 それは、アレクが謝ることなのか?
 反射的にオレは立ち上がる。駆け出して、アレクの前に立つ。
 町から吹く風が冷たい。
「駄目だ!英雄!」
 叫んだって聞こえないのくらいわかってる。それでもオレは叫んだ。
「駄目だ!!」

 来るはずの銃弾はこなかった。
 どれぐらい時間がたったろう。
 屋上のドアが開いて、英雄が姿を現した。
 黙ってアレクに歩み寄ると、手早く止血をした。
 無言のままアレクのそばを離れて、オレのところにやってきた。
 なんだか、怖い。
「英…」
 話そうとした瞬間、ぱちんと平手で頬を叩かれた。
 それは多分とても手加減されたものだったに違いない。
 けど、人は頬を叩かれると逆上するよう出来ているんだろう。
 かっと頭に血が上る。
「いってーな!なにするんだよ!」
「何を考えてるんだ!危ないだろう!」
 溜めていた怒りを吐き出すように、英雄が一喝した。
 そのまま、まだなにか言いたそうにオレを見た。簡単に銃ぶっ放すヤツに言われたくなんかねーよ!
「…怪我は」
「別に」
 むくれて答えると、英雄の表情が初めてやわらいだ。
「帰るぞ」
 オレの手のロープをほどくと英雄はそのまま屋上から出て行く。
「あ、おい…」
 英雄の閉めたドアとアレクを交互に見る俺にアレクが声をかけた。
「行ってクダサイ。気にしないで」
 止血が終わったとはいえ、息があがってキツそうだ。
 言われてオレはドアに手をかける。ドアを閉める寸前、残ったアレクに声をかけた。
「オレは、帰ったほうがいいと思う。家族ってヤツを知らないからわかんないけど、オレだったら、きっと嬉しい」
 アレクが顔をあげた。なんだかさっきまでの思いつめた顔よりすっきりしてる。
「…アリガトウ」
 手を振って、ドアを閉めた。
 少しおせっかいだったかもしれない。
 でも、きっと家族がいるなら帰ったほうがいいんだ。絶対そうだ。
 下に降りると英雄が待っていた。オレの姿を見ると背を向けて歩き出す。
 オレはその後ろを小走りについていった。

 きっと、傍から見たら家族に見えたと思う。
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