DTH

 その後英雄がオレに事情を説明するなんてことはなかった。
 オレも聞かなかった。
 アレクの言っていたこと、気にならないと言えば嘘になる。
 でも…。
 オレは夕食のピザを食べながら英雄を見た。
 英雄は何事もなかったかのように、黙々とピザを食べている。
 んん、なんか話したほうがいいのかなあ。
 オレがちょっと気まずさを感じた時、聞きなれない音がした。
 英雄が立ち上がって玄関にむかう。それでチャイムなんだと気づいた。
 あんな音が鳴るんだ。この家に来て初めて聞いた。

 玄関のほうで英雄の声がする。なにか言い合ってるみたいだ。
 あんなに大きな声を出すなんて珍しい。
 だんだん声と足音が近づいてきた。
「だから、困るって。また今度にしてくれよ…」
「なーに言ってやがる。お」
 英雄より先にダイニングにたどり着いた男は、オレを見つけるとこれ以上ないくらいに嬉しそうに笑った。
 品の良さそうなスーツに、金髪の天然パーマがかった髪。少しブ厚めの眼鏡が生真面目っぽさをにじませていた。
「君がクレバス君か!初めまして。英雄の親友のハンズスだ」
 オレは危うくピザを床に落すところだった。
 親友、だって?
 さらりと言ってのける神経もさることながら、英雄の親友?

 ハンズスはにこにこと手を差し出してオレの握手を待っていた。
 固まったオレを見て英雄が溜息をつきながら説明した。
「クレバス、ハンズスはFBIの刑事なんだ」
「…初めまして」
 ぎこちなくハンズスの手を握る。ちょっと冷たい。
 ハンズスはオレの手を握ると、穏やかな瞳で言った。
「君に会えて本当に嬉しい」
 英雄がとても複雑な目でオレ達を見た。途端に英雄の背後から抗議の声があがる。
「ハンズスばっかりズルイ!あたしも紹介してよ、英雄!」

 見ると英雄の肩ぐらいの背の女が立っていた。
 小柄で、肩まで伸びたブラウンの髪が最後にくるんと輪を描いている。
 英雄は少し体をずらして、彼女をダイニングに通すと改めてオレを見た。
「彼女はマージ。僕の養父の娘。まあ、妹みたいなものかな。マージ、クレバスだ」
 きゃあ初めまして!とマージが両手でオレの手を掴む。柔らかくてあったかい。
 ふわりといい匂いがした。
 オレはあっけにとられたままだ。
 ねぇねぇどこで知り合ったの?英雄、ちゃんとご飯作ってる?味大丈夫?学校は?何歳?と矢継ぎ早に来る二人の質問攻めにオレは対応しきれなかった。
 助けを求めるように英雄を見ると、英雄はしばらく額を抑えていたが、あきらめたようだった。
「マージ、ハンズス。クレバスが困っているだろ。まず座る。話はそれからだ」

「あらディナーの最中だったのね。ごめんなさい」
 言われて二人は初めてテーブルの上のピザやサラダに気づいたようだった。
「なんだまたデリバリーか?」
「サラダは自分で作ったよ」
 英雄が反論する。
「そんなの作ったうちに入らないわよ。ほら」
 マージが持っていたバケットを英雄に突き出した。
「そんなことだろうと思ったから、パイを焼いてきたわ。包丁借りるわよ」
 マージが手早くパイを切る。
 ハンズスはワインの瓶を取り出した。
「見ろ、英雄。親父の蔵からくすねてきた。こいつは美味いぞ」
「まずいだろ、それは」
 構わないって。止める間もなくハンズスはワインをグラスに注いだ。
 この二人、この家でなにがどこにあるのか知っているようだ。
「クレバスにはこれな」
 オレはコーラを渡される。

「英雄の新しい家族に」

 乾杯。
 完全に二人のペースだ。

「俺達は、英雄がマージの家に来た時からずっと一緒にいる幼馴染なんだ。ちょうど、14になったときだったかな。刑事やってたマージの親父さんが英雄を引き取って、それから今までずっと一緒だ。」
 三杯目のワインを飲みながらハンズスが言った。
「仲いいよね、ふたり。ハイスクールも大学も一緒。職場まで一緒なんだから」
 マージが呆れたように言った。
「職場?」
 聞き返しながらオレはマージの作ったパイを食べた。さくっとしてて美味い。

「あれ、英雄言ってないのか?自分元刑事だって」

 ぼろ、とオレの口からパイのかけらが落ちる。
 くわえたまま固まってしまった。
「言ってないよ。ほら、クレバスがびっくりして固まっちゃったじゃないか」
 英雄が必死にオレを見た。頼む突っ込まないでくれと言わんばかりの目だ。
 オレはうなずく代わりに無理矢理パイを飲み込んだ。
「こいつ昔刑事だったんだよ。すぐ辞めちまって今は探偵なんてしてるけどさ」
 あはは、とハンズスが笑い飛ばした。


 二人は22時には帰っていった。
 夕食を始めたのが19時だったから、3時間もいなかったはずだ。
 なのにこの疲労感はなんだろう。はっきり言って、朝のアレクの騒動のほうがマシだった。
 テーブルにオレと英雄はぐったりと突っ伏していた。
「…疲れたね」
 心底くたびれた声で英雄が言った。
「ああ」
 けどあれが普通なんだろう。
 オレ達が慣れていないだけだ。
「…なあ」
「ん?」
「お前結局なんなの?」
 ぐったりついでに聞いてみた。

 オレは確かに英雄の殺人を目撃したし、アレクは英雄を悪魔だと言った。
 けどハンズスはこんないいヤツはいないと言って、親友だと豪語した。
 はっきりきっぱり矛盾してる。
「うん…」
 英雄はなにかを思い出すように言った。
「両方とも本当なんだ。僕は生まれたときからそこにいて、14の時にマージのお父さんに保護されて一般の世界に出た。表の経歴はそこからハンズスの言ったとおり」
「…切れて無かったってこと?」
「結果的にね。ダブルスパイみたいな形になってる」
 英雄は世間話をするように言った。

「で、お前はどうしたいんだ?」
 相変わらずオレ達は突っ伏したままだ。
 お互い逆の方向を見て、声だけで会話してる。
「ううん、難しいなあ。なにか信念があってこうなったわけじゃないから」
 悩むとこなのかそれは。
 頭を動かすのもだるかったが、英雄のほうを向いた。
 死んだように動かない英雄の頭を見つめた。てっぺんのほうにつむじがある。前にハゲみたいだと言ったら悲しそうな顔をされた。髪が黒いから余計に肌が目立つってだけなんだけど。
「マージとハンズスはそれ知らないんだろ?」
「うん」
「…まずいんじゃないのか?このままってわけにいは行かないだろ?」
「多分ね」
わかってはいる…らしい。
「クレバスが決めていいよ」
 くるっとこっちを向いて英雄が言った。気軽さは夕食のメニュー並だ。
 オレが呆れた顔をしているのはおかまいなしに英雄は嬉しそうだった。

「君がいいって言うほうでいいや」

 オレは今多分――――この上なくうんざりした顔をしている。

第2話 END
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