DTH

 ショッピングモール内に戻ると、中はもぬけの殻だった。
 さっきまで人々がひしめいて雑然としていた名残だけが残っている。
 バーゲンの最中だったワゴン。服が散らばって、どこかの子供のおもちゃが落ちていた。片方だけの赤いサンダル。買い物の袋。黒煙がブックフロアから立ち上っていた。
 火事になってるみたいだ。顔が熱い。
 パーカーを脱ごうとして思いとどまる。
 熱いし、重い。くらくらした。
 ここに英雄がいるんだ。
 
 モールの中心にある噴水で、パーカーの袖を濡らして口に当てた。少しは楽になった気がする。
 耳を澄ますとなにかの燃えている音がした。それから、空気の唸る音。足音。
 空気を裂く音がしたかと思うと目の前の噴水がはぜた。
 台座の一部が欠けている。オレの斜め後ろから撃たれたらしい。
 英雄?
 それとも他の…?
 足が鉛のように動かなかった。
 見えるわけがないのに、自分の頭に狙いがつけられたのがわかる。
 引き金に指をかけた。
 引かれる…!
 目をつぶりそうになった瞬間、英雄が前から駆け出してきた。
「英雄!」
 英雄は何も言わずにオレを抱き上げると、2階に向けて銃弾を撃ちこみ、テラスの死角に転がり込んだ。
 すぐに半身を起こすと2階を睨んだまま銃を構える。
「どうして戻ってきた」
 英雄が息を整えながら聞いた。白かったはずのシャツがすすにまみれて、汗だくだった。
「…お前がいたから」
「は?」
 英雄が怪訝な顔をしてこっちを向いた。
 かーっと頬が熱くなる。
「一人で逃げるのは嫌だったんだよ!」
 半ば逆切れのように叫んで立ち上がった。
「馬鹿!」
 英雄が慌ててオレを胸元に寄せて伏せさせる。
 直後にさっきまでオレの頭があったはずの場所に銃弾が掠めた。
 びっくりしてそのまま硬直していると、英雄が今度はトーンを落として言った。
「…馬鹿」
 優しい声音だった。
 オレの頭を2度撫でてから額を寄せると、英雄は囁いた。
「相手は組織の人間だ。前に言ったね?会わせたくない人間がいると」
 オレはこくんと頷いた。
「ダルジュだ」
 英雄がまっすぐにオレを見て言った。
 楽しいはずのショッピングモールをその手で惨状に変えてしまった。それだけでその性格がわかるような気がした。
 これがダルジュ。
 アレクとは絶対的に違うなにかをオレは感じた。
「こんなところで騒ぎを起こすということは本気でやりあう気はないらしい。挨拶みたいなもんだ。レスキューや消防が来るまでの、ね」
 本気でやりあう気はない――――?
 多分、オレは目を見開いて疑問を顔一杯に出していたのだと思う。
 英雄が舌打ちせんばかりの表情になった。
「…そういうヤツだ」
 頭が、くらくらした。
 動かなかった子供。落ちていたオモチャ。片足のサンダル。
 黒煙の立ち込めるショッピングモール…。
 これだけのことをしておいて、本気じゃない…?
 どんどん自分の中に湧き上がる、これは怒りだ。
「そういうヤツって…!」
 オレが英雄の胸倉を掴んだとき、スプリンクラーが作動し始めた。
 モール内に人工の雨が降り注ぐ。
 瞬く間にオレも英雄もびしょぬれになった。
「…ダルジュが切断したスプリンクラーの回線が修復されたな。レスキューが来る。時間切れだ」
 英雄が独り言のように言った。
 収まらないオレの手をそっとどかせながら、あきらめたようにもう一度「そういうヤツなんだ」と呟いた。

 間もなく入ってきたレスキューにオレと英雄は保護された。
 逃げ遅れたお父さんを助けに来た子供、という配役らしい。少し無理がないか?
 擦り傷だらけで疲労困憊な英雄が少し不審がられたが、英雄は割った眼鏡を見せて転んでしょうがなかったと言い張った。
 取り立てて怪我もない、帰れるから大丈夫だと告げて駐車場に向かう。
「まあなんにせよ無事で良かった。駄目だった子もいるんでね。少しは救いがある」
 レスキューのおじさんが掛けた声に「運がよかっただけですよ」と困ったように愛想笑いを浮かべた英雄は、振り向いた瞬間に顔から笑みを消した。  

 駐車場はモールから少しだけ離れていた。
 喧騒が収まらないモールを眺めながら、車に向かう。
「お前運転出来るのかよ」
 へろへろな英雄を見て言うと、ずぶ濡れのままじゃバスにも乗れないとぼやいていた。
「まあさっさと離れたほうがいいだろうな…」
 英雄が目をこすりながら、あくびをかみ殺し鍵を取り出そうとした時だった。
 何かに気づいたらしい英雄が、オレを隠すように手を広げると前を睨んだ。
 オレ達の車の横に誰か居る!
 背丈は英雄より少し低い。
 後ろで造作なく結んだ黒髪は肩より長く、サイドにもまばらに散っていた。白いシャツにジーンズ。ラフな格好がところどころ汚れている。
 オレ達と同じ汚れ方。ショッピングモールにいた証。
 英雄の腕越しにそいつの目を見てぞっとした。
 鋭く睨んだ先を切り裂きそうな目。残虐が服を着てるとしたらきっとこんな感じだ。
「ダルジュ…」
 英雄が低く唸るように言った。そっと手でオレを背後にかばう。
「久しぶりだな、英雄。元気そうだ」
 ダルジュは顎をあげて挨拶するとオレ達に歩み寄った。
 まだオレには気づいていない。
 けどそれ以上近づけばオレに気づくだろう。
「なんの用だ」
 英雄が機先を制した。わずかな敵意がにじみ出る。
 歩んでいたダルジュの足が止まる。
 数メートルの微妙な距離を保ったまま、英雄とダルジュは話し始めた。
「ご挨拶だな。まあいい。用件ひとつ。アレクのことだ」
 アレク!その名を聞いただけでオレの全身の血が逆流するかと思った。
 アレクは、昔英雄の殺人を目撃して以来組織に巻き込まれ、それで英雄を恨んでいた。オレをさらって英雄を仕留めようとしたけど出来なかった。根は優しいヤツだったんだ。家族のいる郷里に帰りたいとそう言っていた。
「ここしばらく姿を見ねぇ…それどころか国内にいる気配がない。なにか知らねぇか?」
「知らないな。僕には関係ない」
 英雄はダルジュの瞳を見据えたまま表情を崩さずに言った。
 オレは英雄が「仕事」をしているのを初めて見た。嘘を――――吐いてる。
 オレは知ってる。英雄が、アレクが郷里に帰るために手を貸したことを。
 表情から、気配からそれを悟らせない。
 ダルジュの疑り深い視線が英雄を貫いても微動だにしなかった。

 どれぐらい沈黙の時が過ぎたろう。
 しばらく英雄を睨んでいたダルジュの口端が笑みの形に曲がった。ナイフでいびつな笑みを刻んだような、禍々しい形だった。
「…ならいいさ」
 まったくそう思ってないだろうことが気配から伝わる。
「俺は、あの甘ったれが国外逃亡まで出来るほど器用だとは思わねぇ。誰かが手引きをすれば別だがな」
 疑われてる。しかもビンゴだ。
 オレは手にじっとりと嫌な汗をかいた。ばれる!!
「お前がアレクを見くびった。そういうことだろう」
 英雄が涼しい声で言った。
 ダルジュが肩を揺らして笑った。くくく、と押し殺したような声だ。
「お前が」
 歩いてくる。こっちに近づく。
「そういうならいいさ。追い込みは俺の役目だ。殺すのも…な?」
 ダルジュが移動するのにあわせて英雄がオレを背にしながら向きを変える。
 オレは英雄と車の間に挟まるような格好になった。ダルジュの死角。
 とことんまで会わせたくないらしい。オレも会いたくはないけど。
 すれ違う直前にダルジュが止まった。
 ナイフが煌いて英雄の瞳に向かう。
 いびつな金属音がして、刃が止まった。英雄が右腕の時計でダルジュの刃を受けていた。
 ダルジュが面白そうに口笛を鳴らす。
「腕は落ちていないようだな。子供を飼ったなんて聞いたから、てっきり腑抜けたかと思ったぜ」
「…調べたのか」
 英雄が心底不快そうに言った。
「悪く思うなよ。そういう性分だ。それにお前も隠しているじゃないか」
 ダルジュが軽く車のボディを顎で指す。横目で確認しようとした英雄の首筋に鮮やかな手刀が落ちた。
 バランスを崩した英雄が車のボディにぶち当たってずり落ちた。
 英雄はあくまでオレを背にかばおうとしたけど叶わなかったようだ。
 崩れ落ちた英雄の向こうにダルジュが見えた。
 ダルジュは会心の笑みを浮かべるとオレに向かって膝を折った。
「よう、王子様」

 こうして悪魔との邂逅は果たされた。


第4話 END
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