DTH
「誰もやらないだろうから私がやるわ!」
そう前置きして、マージは英雄の頬を平手で打った。
勢いのいい音が部屋に響く。オレは思わず首をすくめた。
「どうしてこんなことになってるのよ!?」
ハンズスの病室にマージがやってきたのは翌朝だった。
「どうしてすぐに知らせないの!?」
マージに連絡を入れたのはハンズスのお母さんだったらしい。昨日、手術が終わったときに姿を見せた。頭を下げる英雄を気遣って、オレにあったかい紅茶を入れてくれたやさしそうな人だった。
「…すまない」
英雄はマージに打たれた頬を片手で押さえながらそう言った。
マージの目にみるみる涙がたまった。
「弾道は、急所をかろうじて避けていた。麻酔が切れれば、目を覚ますそうだ」
英雄の声をマージはじっと聞いていた。
「それだけ?」
「マージ?」
「言いたいことは、それだけ?」
大粒の涙がマージの目から零れ落ちた。涙も拭かないまま、決然と英雄を睨み据える。
英雄はたじろいだ。
マージ。涙。弱いものがそろったらしい。
「馬鹿!出てって!」
どんどんと英雄の胸板を叩くようにして部屋から閉め出した。
おろおろしながら出て行く英雄の鼻先でドアを固く閉じる。
「…バカ。どうして…」
閉ざした扉にこつんと額をつけてマージは呟いた。
「どうしてなにも言ってくれないの…?」
静かに目を閉じて、もう一度マージは「バカ」と言った。
オレはなんだか胸が痛んだ。
ハンズスは大丈夫、と彼の執刀をしたハンズスのお父さんは言った。
それを聞いて、力が急に抜けたのを覚えてる。ぺたりとその場に座り込んでしまった。お父さんは快活に笑って、「ぼうや、心配性だな。刑事はこれぐらいじゃくたばらないさ」と胸を張って見せた。「なんといっても私の息子だ」
その後ろで運ばれていくハンズスは、怖いくらいに青白い顔色だった。蝋人形のようにまるで生気が感じられなかった。
今、オレの目の前にいるハンズスはやっと本来の顔色を取り戻していた。
少しほっとした。
ほっとしたら眠くなって、うとうとした。気づけばオレはハンズスの横の付き添い用のベッドで寝ていたのだ。
さっきのマージの声が聞こえるまでは。
まだしゃくりあげるマージの声が聞こえる。どうしよう、ものすごく気まずい。
幸い、というのかオレは毛布にうずまるようにして寝ていた。だから英雄もマージも、途中でオレが起きたことに気づかなかったようだ。
起きていることをアピールすべきか一瞬迷って、黙っていることに決めた。
大人の事情に子供が口を出すのはよろしくない。
でも、英雄はへこんでるだろうなと思った。
それにオレは寝たけど、昨日からずっと眠っていないはずだ。
どうしよう…。
体がぎこちなく硬直した。
英雄のそばに行きたい。
けどここで起きたら不自然だろ??
ぐるぐるめぐった思考を中断させたのはハンズスの声だった。
「英雄を、責めるな」
弱弱しい声で、でもはっきりとそう言った。
「ハンズス!大丈夫!?」
マージがハンズスに駆け寄った。
「ああ…」
ハンズスは、ため息にも似た返事をした。
硬直しながらそっちを見ていたオレと目があうと、こっそり片目を瞑る。
あ、わかった。
オレはそうっと起き上がると壁沿いに移動して、そうっと部屋を抜け出した。
英雄は、屋上にいた。
ばさばさと青空に向かってはためく白いシーツの山を、座り込んで呆然と見ていた。
「寝なくていいのか?」
オレがそばに腰掛けると、一度だけ視線をこちらに寄越して、それからまたシーツの山に目をやった。
仕方ないからオレもシーツを見ながら話をした。
気にすんなよ、と言えばいいんだろうか。
「マージに叩かれた」
英雄がぼそっと言った。
「知ってる。起きてた」
「…あの子は、人に手を上げるのが嫌いなんだ。主義じゃない」
目を見張ったオレに英雄が微笑んだ。
ごめん、マージ。怒ればいつでも手が出るのかと思ってた。
「”誰もやらないだろうから私がやる”と言ってね。実際、ハンズスが僕のために怪我をするのは、今回が初めてじゃない。けれど、あいつも、ご両親も、一度だって僕を責めたことは無い。マージは、知っていたんだ。責められたほうが僕が楽だと」
英雄はちょっと困ったように笑って、シーツの海に目をやった。
はたはたと風にあおられてシーツが舞う。
「痛いか?ほっぺ」
「…痛いよ。ものすごく」
青い青い空に無数の白いシーツがまぶしかった。
けど、多分、英雄が目を細めたのはそのせいだけじゃないんだ。
「寝たほうがいいぞ」
頭をうなだれた英雄にオレが言った。
「そうかな?じゃあ、少しだけ…」
そう言って、英雄はオレに気持ちもたれてきた。
正直重い。
邪魔だとのけようかと思ったけど、もう寝息を立ててやがる。
底抜けに青い空を見ながら、ため息をついた。
どうせもうすぐマージがオレ達を探しに来る。
怒りながら、でも心配しながら。
まだオレはどうふるまっていればいいのかわからない。
やさしさに、どう応えればいいのか。
それは、きっと英雄も。
だからそれまでは、ちょいと眠るのもいいんじゃないのかと思った。
第5話 END
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