DTH

「この場合、誰がなんのためにこんなことをしているのか、の一点に尽きるな」
 英雄が借り受けたテープのコピーを聞きながら言った。
「誘拐された、とか?」
「誘拐なら身代金なり請求しなけりゃ意味がない」
 何度もテープを巻き戻しては聞いていた。
「そんなのずっと聞いててなにかわかるのか?」
「うーん」
「専門家に頼めば?」
「かけてきた電話に関して調べても、なにも出なかったらそうするのがいいかな」
「かけてきた電話?」
「電話はどれもアリスの携帯から、らしい。もう3ヶ月もたつのに、だ」
 英雄がヘッドホンをはずしながら言った。
 いまいち英雄の言うことが飲み込めない。3ヶ月だからなんだって?
「料金。3ヶ月も未納なら止まっていてもおかしくない」
「あ」
 そっか。言われてみればそうだ。
「犯人はどういうわけか、携帯の料金を払い続けているようだよ。律儀なことだ」
 英雄が得意げに微笑んだ。
 最近の携帯は便利なことにGPS機能がついているものが多い。老人や子供、犯罪防止の意味で大きな貢献を果たすが、家出人探索にも役に立つらしい。
「クレバス、出かけようか」
 英雄がコーヒーを飲み干して立ち上がった。


 アリスの声を母親に届けることにどんな意味があるんだろうと考えると、なんだかぞっとする結論にしかならなかった。声を新調できないってことは、アリスになにかあったと考えるのが一番妥当な気がする。なにかって…たぶん、ひとつだ。
 だから英雄は、幸せな結論にならないかもしれないとパーキンソンに告げたんだと思う。
 それを移動中の車の中で英雄に打ち明けると、英雄は面白そうに笑った。
「うん、それもひとつの可能性だね。一番確率が高い、かな」
「他にもあるのか?」
「本人がやってるとか」
 英雄はさらりと言った。信じられない。
「…本人なら普通に声出せばいいんじゃないの?」
「まあ、人にはそれぞれ事情があるだろうし。ああ、小腹が空いたな。クレバス、ドライブスルーに入るから適当に頼んでくれないか?」
 英雄がハンバーガーショップのドライブスルーに車をすべりこませた。
 ハンバーガーを3つと、ジュースにコーラ、ポテトをオーダーして、受け取ると、英雄が一枚の写真を投げてよこした。
「今の人、この人だった?」
 金髪の女性がにこやかに笑っていた。髪型は違うけど、確かにこの人だ。
「うん」
 オレの返事に英雄は満足したようだった。
「それがアリス・パーキンソンさ」
「え!?」
「ま、これで依頼は完了だな。さて、どうするか…」
 英雄がちらりと横目でオレを見た。
「また君が怒るかもしれないしなあ…」
 オレはまったくもってわけがわからない。
「なにブツブツいってんだよ」
 英雄は少し困ったように俺を見た。言いにくそうに、
「事情がなければあんなマネはしないだろうよ。僕がパーキンソンさんに見つけましたって言うのはそりゃ簡単だ。悲劇の幕開けになるかもしれないが」
「構わないか?って言いたいのか?」
 まあね、と言葉尻をにごす。
「事情ってなんだよ」
「さあ、さすがに、そこまでは」
「じゃあ本人に聞こう」
 英雄はああやっぱりねという顔をして、車を道路の端に寄せた。
 やがてハンバーガーショップから出てくるアリスを捕まえるためだ。
 夜になって、店の照明が落ちた後にアリスは出てきた。
「なにがあっても車から出ないこと」と言い残して、英雄は出て行った。オレが助手席のシートに座って、すっかりさめたポテトを口に運びながらフロントガラス越しに見ていると、英雄がアリスに駆け寄った。立ち止まるアリス。事情を説明しているらしい仕草のあと、ふらっとアリスが英雄にもたれたように見えた。
 次の瞬間、英雄が倒れた。
 口に入れかけたポテトが下に落ちる。
 アリスは何事もなかったかのようにその場を離れていった。
 なにかあっても車から出ないこと―――とは言ったけど、これは…。
 一瞬の逡巡の後、車から出ようとドアに手をかけると、英雄が起き上がって戻ってきた。
「いや、まいったまいった。もうすっかり冬だな。道路が冷たい」
 ぱたぱたとコートをはたく。コートの胸の部分にナイフが刺さったままだ。
「お前、それ…!」
「探偵です、お母さんに頼まれて…と言った瞬間ぶさり。ためらいなしだ」
 言いながら英雄がコートのボタンを外す。防刃チョッキの上に巻かれた豚肉の塊が現れた。
「詰めが甘いなあ。素人だから仕方ないか」
「素人って」
「殺人の」
 珍しくもないような口調で英雄が言った。
 オレはまだ事情が飲み込めない。
 そんなオレを見て英雄は微笑んだ。
「事情を聞きに行こうか」
 英雄は夜の街に車を走らせた。

 そしてたどり着いたのは、通りから一本それた裏道。街灯が極端に少なくて、夜の闇が通りを占拠していた。隣にいる英雄の輪郭すらあやしいくらいだ。
「この当たりかな」
 英雄はつぶやくと、適当な高さのフェンスに上り始めた。おいで、と言われてオレも上り始める。
 なにをする気なのかさっぱりわからない。
「静かに」
 3Mの高さのフェンスに上りきると、英雄は器用に腰掛けた。夜の風にひゅうとコートがなびく。誰も来ない。あんまり人通りがないみたいだ。
 しばらく夜風に吹かれていると、ようやく誰かが通りかかった。暗くてよくわからないのか、頭上のオレたちには気づかないみたいだった。
 通りを急ぐその人に、細身の影が襲い掛かった。勝敗は一瞬。
 血しぶきがあたりに舞って、ひとつの影がぐったりと動かなくなった。
「お嬢さんが殺人者になったと知れば、お母様はさぞ落胆するでしょうね」
 英雄がよく通る声で言った。
 月明かりに照らされたその顔は、アリスのものだった。愕然とした顔でオレたちを見上げる。
「あなた…!」
「さっき一度殺されましたね」
 アリスの位置からはどんなに手を伸ばしてもオレたちには届かない。フェンスに上り始めたら後ろに飛べばいいと英雄は言っていた。逃げる算段だけは出来てたみたいだ。
 アリスもそれを察したらしい。
「母に伝えて、私は死んだと」
 命令口調だが、声音は懇願に近かった。
「僕がそう言っても、別の誰かを雇いますよ。なぜテープなんかで連絡を続けたんです?探されるのが嫌なら、遠くに行ってしまえば良かった。他に方法はいくらでもあったのに」
 英雄の言葉にアリスの瞳が揺れた。
「怪物にはなりきれなかった、ということね」
 アリスが自嘲した。
「私――――親元にいる間は衝動を我慢できた。離れるんじゃなかったと後悔したのは、行きずりの男を殺したときよ。恐ろしかった。自分の中にこんな怪物がいるなんて。考えたわ。とても考えた。そして、私は私を殺すことにした。母には世話になったわ。最後だと思ったら、哀しくて…伝えたかった」
「なにを?」
 アリスは答えずに微笑んだ。嬉しいとも悲しいともつかない、微妙な笑顔だった。
「…あの人の、娘のままでいたかった」
「なんで、そのまま一緒にいなかったの?」
 思わず口をはさんだ。
「あの人がどんなに私を愛したとしても、受け入れることは出来ないわ」
 そう言ったアリスは泣いているようだった。
「ねえ、お願い。母に私は死んだと伝えて」
 アリスがオレ達を見上げて叫んだ。
「僕が」
 英雄が言った。
「この子に殺人を見物させるほど、悪趣味な人間だと?」
 瞬間、アリスの背後に誰かが立った。さっきアリスに襲われた通りすがりだ。
 そいつがかざした銀色の輪が月光を鮮やかに照らし返す。ふたつに連なる銀の輪、手錠、だ。
「アリス・パーキンソン。殺人容疑で逮捕する」
 聞きなれたその声…まさか。
「ハンズス!」
 オレが叫ぶのと同時に、ハンズスがアリスに手錠をかけた。アリスが、信じられないといった表情で手錠をかけられた自分の手を凝視する。
「役目は終わった。行こう、クレバス」
 英雄が言いながら後ろへ体重をずらした。背中から落ちて器用に半回転して着地する。オレも体のむきを変えて飛び降りた。
「待ちなさいよ!」
 アリスが向こうからフェンスを掴んで叫んだ。
 英雄は背を向けたまま立ち止まった。
「あんた、どうして!母に依頼されたんでしょ!?あたしを警察に売るの!?」
 英雄は動かなかった。
 アリスの口から零れる罵詈雑言を全部背中で受けて、アリスが息切れしたときに初めて口を開いた。
「もしも僕がそのままパーキンソンさんに君の居場所を伝えて、彼女が会いに来たら、君は彼女を殺すだろう」
 英雄の言葉にアリスが目を見開いた。心外だと口を開きかけて、それでも抗議の言葉が出てこない。事実なのか。
「君の身に巣食う怪物はそういうものだ」
 英雄が、真っ向からアリスを見据えて言った。
 アリスも英雄も互いを睨みあったまましばらく動かなかった。


 それから数日たって、英雄はパーキンソンにアリスの居場所を伝えた。拘置所を示すその住所にパーキンソンがどんな感想を漏らしたのか、オレには教えてもらえなかった。
 ハンズスは、あの日急に英雄に呼び出されたといい、オレは便利屋じゃないと英雄に猛抗議していた。
「あの血糊のおかげでスーツが一枚駄目になったぞ」
 メガネを指で上げながらハンズスは心底不快そうに言ったが、「いや、ハンズスしかいなくて」と言う英雄の言葉を良いほうに解釈したらしく、少し上機嫌になって帰って行った。

「これはアリスが死んだときの声だったんだな」
 テープを聴きながら英雄が感想を漏らした。
「殺人を犯した。もう娘ではいられない。そう覚悟して、出来れば死んだと思ってほしかった。テープに吹き込んだ声を送り続ける。自分の声を送る馬鹿はいない。当然、母親は第3者の介入を疑う。声を新調できない理由があるとすれば、君の言った通り、結論はひとつだ」
 英雄はテープを取り出すと、流しで燃やした。嫌な匂いをさせてテープがよれて溶けていく。
「助けて、とは言えなかった。死んだ、とも言えなかった、か」
 テープが燃える青い炎を暗い瞳に映しながら英雄が呟いた。
「僕なら、死ぬまで騙しきってみせる」


第8話 END
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