DTH
かくして、各々が役割を果たす使命の日が来た。
ハンズスはマージを連れ出して、出かけていった。そのすきに英雄とオレが合鍵でマージの家に入って飾り付けや料理をする。
昨日のうちに作れるものはハンズスも一緒に作った。さすがに一人暮らしをしているだけあって、ハンズスは英雄よりはるかに料理が上手かった。
「包丁、使い慣れてるんだ」
オレが感心したように言うと「あいつに聞こえるように言ってやってくれ」と英雄をあごでしゃくりながら言った。
英雄はと言えば「お前の皮むきがまた見られるとは思わなかったよ。頼むから実は残してくれ」とハンズスに憎まれ口を叩きながら、生クリームを練っていた。ちょっと悔しかったんだと思う。
結局なんだかんだで夜までかかって、前夜祭のようだった。
「マージ達が戻ってくるのが4時だから、急いでやってしまおう」
英雄は言いながら腕まくりをすると、紙テープのわっかをつないで装飾にいそしんだ。オレはその間に料理を作る。
時間との戦いだ。
「よし、できた」
英雄が満足げに額の汗を拭った。ひょいと居間を覗き込んで絶句する。たかが飾りを貼るくらい誰にでも出来ると思っていたけど、そうじゃないらしい。ピカソも裸足で逃げ出しそうな凄まじいセンスが発揮されていた。
「…祝い事だよな?」
「祝い事さ」
「ギャングのマーキングみたいになってるぞ」
「そうかな?」
「そうさ」
標準に戻せ、とオレが言うと、英雄はしぶしぶそれに従った。
「英雄、ローソクがないんだけど」
キッチンから声をかけると、英雄が居間からやってきた。
「クレバス、君には難しいかもしれないが、女性は20歳を越えたら年をカウントしないほうがいいらしい」
「…ハンズスの受け売り?」
その通りだ、とたいそう深刻そうな顔で英雄が頷く。そういうものなのか。
お祝い事なんだからいいじゃないかとも思ったけど、英雄の恐ろしげな顔に免じてやめることにした。怒ったマージが怖いのは嫌というほどわかってる。
時間はあっという間に過ぎて、4時になった。
「そろそろ帰ってくるな」
英雄とクラッカーの準備をする。電気を消して、息を潜めた。
やがて戻ってきたハンズスの車が車庫に入った。エンジンを止める前に一度高く唸らせる。万事順調の合図だ。
今日楽しかったわ、とマージの声が玄関に近づく。
鍵が差し込まれて、扉が開いた。
「ハッピーバースデー、マージ!」
英雄と一緒にクラッカーを鳴らす。
マージは目を丸くさせていた。やがて、オレと、英雄と、後ろのパーティーの用意を見て事情を理解したようだ。あわてて後ろのハンズスを振り返る。
「我らがお姫様の記念日に」
ハンズスの言葉にマージは「ああ!」と叫ぶと、英雄に抱きついた。
「ありがとう、ありがとう!」
それから、オレとハンズスにも。頬に一度ずつキスを落とす。
英雄と目を合わせてにやりとした。
ケーキも料理もとても不恰好だったけど、マージは喜んで食べてくれた。
「それから、これ。いつもありがとう」
マージの顔を模したクッキーを渡すと、マージは笑ってありがとうと言った。うれしい。
「英雄は?」
マージが期待の目で英雄を見た。
「ハンズスは?」
「オレはもう渡した。ショッピング中にマージの好きなものをひとつ買ったのさ」
ちゃっかりしてるなあ、と英雄が呟いた。
「丁度ワルツが流れているし、一曲どうだい?マージ」
英雄が立ち上がりながら手を差し伸べると、マージがその手をとった。
英雄がリードしてワルツを踊る。
マージのスカートが回るたびにゆったりとした輪を描いた。
お似合いの恋人みたいだ。
「かっこつけやがって」
ちぇっとハンズスが呟いて、まぶしそうに二人を見ていた。
やがて曲が終わりに近づくと、英雄はマージの手をとった。
「誕生日、おめでとう」
囁きながらするりと指にはめたそれは、前に英雄がジュエリーショップのウィンドウで見ていた小さな花の指輪だった。照明の光を受けてきらきらと輝いている。
「ありがとう…大事にする」
ため息のように言葉を紡いで、マージが大切そうに指輪を見つめた。
英雄は大切そうにマージを見ていた。あんなに優しい目が出来るんだ。知らなかった。
あれ?
「もしかして、お前マージのこと好き?」
席に戻った英雄にこっそり聞くと、目で笑って返された。
やっぱりそうなんだ。
なんだか無性に嬉しかった。
その日マージは笑顔を絶やすことがなくて、オレも英雄もそれがたまらなく嬉しかった。
ハンズスも場を盛り上げてくれて、こんなに楽しい気持ちで1日を過ごしたことはないというくらいの最高の日だった。マージもそうだったらいいと思う。
パーティーが終わった後、英雄はオレを郊外の墓場に連れて行った。
星空を暗雲が覆い隠して、街灯もまばらでほとんど真っ暗なのに、英雄は迷いもせずにどんどん進んで、やがてひとつの墓標の前で立ち止まった。
刻まれた名前は暗すぎて読めない。
「養父の墓だ」
英雄が呟いた。
「かつて僕が彼の家の門をくぐる時、彼は言った。
『君は、今、この瞬間に生まれ変わる。魔法が効くまでに時間はかかるかもしれないが、大丈夫。
何十年たった後でも、いつだって生まれ変われる。君が望む姿に、君の望むままに』
どんな顔で言ったのかまるで覚えていない。あの頃の僕は希望を拒絶していたから、心の手前で言葉が止まったままだった。こんなに時間がたってから…ようやく、届いた気がする」
霧雨が静かに降りだした。
あたりは真っ暗でまるで光が見当たらない。それでもかろうじて、横にいる英雄と、墓標だけがその輪郭を見せていた。
「君の言う通り僕はマージが好きだ。大切だ、と思ってる」
英雄ははっきりとそう言った。珍しく声に感情がこもってる。
ああ、そうか。そうなんだ。
いつかは三人で暮らすのも悪くないかも知れないとオレは思った。
「そっか」
なんだかくすぐったいように嬉しい。
マージの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。ハンズスは…悔しがるかな。でもきっと最後には祝福してくれるだろう。それはとても幸せな光景のように思えた。自然、顔がほころんでいく。
オレの気持ちを見透かしたかのように、英雄が「でも」と付け足した。
「…養父を殺したのは、僕だ。だから、マージの気持ちには永遠に応えられない」
もちろん僕から告げることなど生涯無いと、墓標から目線をそらさずに英雄は言った。
言葉は瞬く間に暗闇に溶けて、それでも心には抜けない棘が残った。
まるで、消えることの無い烙印のように。
第9話 END
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