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第10話 「ビデオ・ゲーム」

 墓前での英雄の告白に、オレはなにも言えなかった。
 直前までの幸せが嘘のように吹き飛んで、空の色と同じ暗澹たる雲が心を占めたと思う。
「ごめん、言わないほうがよかったね」
 英雄が笑って謝った。
 普段と変わらない笑顔。オレは思わず飛びついて胸倉をつかんだ。ひっぱられた英雄がかがみこむ。この身長差がこんなに悔しいなんて思わなかった。自分が大人でないのが恨めしい。
「こんなときに笑うなよ…!」
 本当は、泣きたいはずなのに。
 英雄は驚いたようにオレを見て、それから真顔に戻って一言「ごめん」と呟いた。
 霧雨はちっとも晴れそうになかった。

 
「英雄」
「ん?」
 家に戻って二人ともシャワーを浴びて一息ついたとき、オレは声をかけた。
 あの後なにも言わずに無言で帰ってきて、英雄はオレに「先にシャワーを浴びておいで」と促した。一人になりたかったのかもしれない。オレに話したことを後悔しているのかも。
 でもオレは英雄のことが知りたい。これはわがままなんだろうか。
 土足で心に踏み入るかもしれないのに。 
 でも目の前の嘘つきは、自分からじゃ絶対に扉を開けない。こじ開けるのは、オレの役目だ。
「お父さんのこと…なんで殺したんだ?好きだったんだろ?」
 英雄の目つきが変わる。
「やめないか、クレバス」
「オレには、嘘を吐かないんだろ?だったら、聞かせろよ」
 真っ向から英雄を見据える。知ってる。こういう時目をそらすのは必ず英雄だ。
「悪趣味だ」
 英雄が吐き捨てた。
「かまわない」
 オレは英雄から目をそらさなかった。英雄は居心地悪そうに目線をそらして、それからふうと短くため息をついた。観念したらしい。
「…つまらない話さ。マージが組織の人質にとられた。救出に向かって、対峙したのはダルジュだ。これから出てくる人間をひとり殺せば、マージを解放すると言った。出てきたのが…」
「お父さん?」
「強引に薬を摂取させられたらしい。もう正気じゃなかった。マージに向かって行って、彼女を殺そうとした。それで、僕は引き金を引いた」
 英雄は努めて感情を排除して話そうとしたようだったが、表情が苦々しい。思い出したくもないと顔に書いてあった。
「そんなの英雄のせいじゃない!」
 オレが言うと英雄は疲れたように笑った。
「僕が養父を目の前で殺すのを目撃したマージは気を失って、病院に運ばれたが記憶が欠落していた。このまま騙し通そうと―――ハンズスと決めた。だから彼は知ってる」
「じゃあ、なおさら」
 英雄は静かに首を振った。
「ビデオがある」
「ビデオ?」
「その時の映像を記録してあるのさ。ダルジュが管理してる。僕がダブルスパイになった理由でもある。マージに見せると脅迫されてね。それさえなければ、正義の道を堂々と歩けたかもしれないが」
 だけど、と英雄は付け足した。
「間違えちゃいけない、クレバス。道はいくつもあったはずなんだ。それでも、そこで引き金を引く決意をしたのはまぎれもない僕だ」
 だからどこまでも自業自得なのさ、と言って英雄はさっさと2階にひっこんでしまった。

 マージは英雄が好きで、英雄もマージが好きなら、こんないいことはないなんてさっきまで思ってた。なのにマージが知ってる英雄は、どちらかというと嘘に近い。英雄の裏の顔なんてマージは知らないだろう。知ったときに受け入れられるか…それよりも騙してきたことを受け入れられるのか。
 やるせないってこういうことを言うんだろうか。
 マージの幸せそうな顔を思い出すたびに胸が痛んだ。
 数時間前には手をとってワルツを踊っていた二人の距離が果てしなく遠い。

 セレンに会ったのは翌週だった。
 英雄が例によってどこかへ出かけた隙を見計らって連絡をとった。セレンは幸い今日は空いていると言い、ご自慢のスポーツカーで乗り付けてきた。乗り込むと即座にアクセルを踏み込む。あっと言う間に家が遠ざかっていった。相変わらずのスピード狂だ。
「ビデオ?」
「そう、英雄の…おとうさんの。あるはずなんだ」
 オレの言葉にセレンが首をかしげた。
「ダルジュが持ってるあれか。見たいのか?」
「燃やしたい」
 セレンは肩をすくめた。
「自分で交渉したらどうだ。君には幸い取引材料がある」
「取引材料…?」
 そう言われてもオレが持ってるものなんてない。せいぜいキッチン用品くらいだ。
「君自身さ」
 なんのことはない、と言う風にセレンは言った。
「オレ――――?」
 なんの価値があるんだ?
「その返事を聞いたら英雄が嘆くな。大切にしてるじゃないか」
「オレがなにをすればいいの?」
「とりあえずダルジュの元にでもいけばいいんじゃないか?後は好きに料理するだろう」
 その日のドライブで収穫できたのはそれくらいだった。
 英雄を縛っているビデオ。それさえなければ、英雄は自由になる…?
 携帯の画面をじっと見つめる。セレンから聞いたダルジュの電話番号。
 オレは、マージが好きだ。
 英雄も、好きだ。
 二人が幸せになるんなら、なにも惜しまない。
 そう思ってダイヤルボタンを押した。

 
 ダルジュからの条件はいたくシンプルなものだった。
「ハント・ゲームに出ろ」
 それだけでいいと言った。
「ハント・ゲーム?」
 慣れない言葉に聞き返すと、ちっと舌打して説明が加わった。
「早い話が人間狩りだ。子供はレアでな。掛け率も高い。相手は訓練された猟犬だ。まあ間違いなく武器もないお前は死ぬがいいよな?死体は英雄に送りつけてやるから」
 武器もないという言葉に、右手の中の鋼糸を凝視した。
 セレンは、オレにこれを渡したことを誰にも言ってないといっていた。ダルジュにも?
「参加するだけでいいの?」
「ああ、エントリーすれば目の前でビデオを燃やしてやる。生き残ればそのまま家に帰してやるさ」
 ダルジュは気安く請け負った。 
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