DTH
ダルジュが指定したのは次の日曜だった。
英雄のくれたパーカーを着て、一番動きやすい運動靴を選ぶ。小さなリュックを持って出かけようとしたところで英雄から声がかかった。
「なんだ?出かけるのか?」
「うん!友達とハイキング!」
言いながら玄関から飛び出す。ごめん、英雄。きっと帰ってくるから。
ダルジュとの待ち合わせは数ブロック先だ。小走りに通りを走っていると、路地から手が伸びてきて引きずり込まれた。叫ばぬよう口を押さえられる。もがこうとして相手を見る。漆黒の髪に褐色の肌。長い指先に見覚えがある。アレクだ。
オレが自分を認識したのを察して、アレクは口から手をどかした。随分厳しい顔をしている。
「ドコ行くんですカ?この先ダルジュいます。危ナイ」
そのダルジュに会いに行くんだけど。
「ダルジュ、アレクを探してるみたいだったよ。こんなとこにいたらアレクのほうが危ない」
「構いまセン」
アレクはさらりと受け流した。
「回り道をつきそいマスから、行き先を教えてくだサイ」
そんなこと言われても。
「そのガキはオレに用があるんだってよ」
アレクの背後に現れたダルジュが言った。アレクが振り向くより早く、最初の弾丸がアレクを貫いた。
「アレク!」
アレクが胸を押さえて後ずさる。
「ぐ…」
アレクが呻いて口の端を赤い血が流れた。防弾チョッキを着ていたようだが、至近距離のせいでうまく機能しなかったらしい。アレクは肩で息をつきながら片手を広げて、オレを後ろにかばった。
「骨でもイッたか?今、楽にしてやるぜ」
アレクは動きもせずにダルジュを睨んだ。普段穏やかなアレクからは想像もつかないほどの鋭い目線だ。胸を押さえた手が、懐からバタフライナイフを取り出した。回転して刃を見せたそれを構える。受けて立つ気だが、圧倒的に不利だ。
ダルジュが薄笑いを浮かべながら銃を構えた。
二度目の引き金が引かれる前に、アレクの前に飛び出す。
「用があるのはオレだろ!アレクは関係ない!」
ダルジュは面白そうにヒュウと口笛を鳴らした。
「いいだろう、来いよ」
銃を無造作にしまいながらダルジュが言った。覚悟を決めてダルジュに歩み寄る。
「ダメです、クレバス」
アレクが息を切らしながら言う。
「ごめん、アレク」
必要なことなんだ、英雄にとって。
「お前は必要ないとよ」
ダルジュが勝ち誇ったように言った。
腕を上げるその仕草、すべるように拳銃が現れて、アレクに2発目の弾丸を見舞った。鉛のプレゼントを受け取ったアレクがその場に倒れ伏す。
「アレク!」
駆け寄ろうとするとパーカー部分をつかまれた。身動きが出来ない。
「あいつの抹殺指令も出てるんでね。これは俺の用事だが」
ダルジュはさも楽しそうにそう言うと、嬉々としてオレを車に放り込んだ。
バックミラーに映るアレクは、その姿が見えなくなるまで動くことはなかった。
車を数時間走らせて辿りついたのは、こじんまりとした商店街だった。かつての、と言ったほうがいいんだろうか。人気がまるで無くて、ひっそりとしている。建物もデザイン自体は近年のものなのに、まるで手入れがされてなくて廃墟のようだった。
「都市開発に置き去りにされた集落だ。時代の遺物、とでも言うのかな。ま、ここが舞台になる」
ダルジュはくだらなそうにそういうと、手前の3階建てのオフィスに入って行った。後についていく。エレベーターはついているが動かないらしい。コンクリートの階段を黙々と上がって行った。
「ここがゲームの監視室だ。と、言っても映像中継がもっぱらだな。やることと言えばお前がエリア外に出ようとした時に始末をつけるくらいだ。で、これがお望みのビデオだ。見るか?」
ダルジュの言葉に一瞬迷った。
「中身を見なきゃ本物かわからないし」
自分に、…英雄に言い訳してるみたいだと思った。
「じゃあそこのデッキを使え。使い方くらいはわかるな?」
頷いて渡されたビデオをデッキに入れる。
砂嵐の後、画像が出てきた。
どこかの倉庫の中のようだった。アングルは見下ろす格好のひとつのみ。防犯カメラの映像に近い。もうちょっと、表情がよくわかるけど。音声もない。
マージが鎖につながれている。
そばにいるのは…ダルジュ?
英雄が入ってきた。身振りでダルジュが右を示す。
誰かが、奥から出てきた。英雄の、お父さんらしい。
そこで初めて、英雄はオレに言わなかったことがあるのを知った。
英雄は、どれだけお父さんに殴られても蹴られても、抵抗らしいそぶりは見せなかった。そのまま死ぬつもりなのかと思うくらい、されるがままだった。
ぐったりと動かなくなった英雄に、止めを刺そうとした瞬間、ダルジュがなにかを言ったらしい。
お父さんが、英雄を投げ捨てた。そのまま、マージの方にゆっくりと向かう。
英雄が上半身を起こして叫んだ。
お父さんには聞こえないらしい。
「もう、正気じゃなかった」
英雄の声が木霊する。
ビデオの中の英雄は、たぶん絶望的な表情をしていた。もう立てないらしい。腕で半身を起こしたまま、時にバランスを崩して潰れながら、英雄は叫び続けた。
お父さんはゆっくりとマージとの距離を詰めていった。
マージは、ただ泣いていた。お父さん、と呼んだかも知れない。
ダルジュが勝ち誇ったように、拳銃を英雄に投げた。
英雄はしばらく黒光りする拳銃を凝視していた。
「かつて僕が彼の家の門をくぐる時、彼は言った。
『君は、今、この瞬間に生まれ変わる。魔法が効くまでに時間はかかるかもしれないが、大丈夫。
何十年たった後でも、いつだって生まれ変われる。君が望む姿に、君の望むままに』」
ずいぶんと長いこと、英雄は拳銃を見つめていた。
それからようやく手にかけて…頭を垂れて抱いたその姿はなにかに祈っているようだった。
マージにその腕を振り下ろそうとした瞬間に、英雄はお父さんの頭を撃ち抜いた。
ビデオはそこで終わっていた。
オレは気づけば泣いていた。涙が静かに頬を伝ったまま、ノイズの走る画面を見つめる。
『間違えちゃいけない、クレバス。道はいくつもあったはずなんだ。それでも、そこで引き金を引く決意をしたのはまぎれもない僕だ』
英雄はそう言ったけど、嘘だ。
あれじゃどうしようもないじゃないか。
誰かが死ぬしかない。最悪、皆死んだかも知れない。
膝の上で拳を作る。作った拳が小刻みに揺れた。
「どうして…!」
オレの声にダルジュが振り向いた。
「どうして、こんなことが出来るんだ!」
英雄はダルジュを恩人だと言った。到底オレにはそう思えない。
ダルジュは興味なさそうにオレを見た。
「俺がいるのがそういう場所だからさ。燃やしたければライターくらいは貸すぜ?」
「いらない!!」
叫んでそのまま鋼糸でモニタとデッキごと、テープを切り裂いた。黒い破片が宙に舞う中で、半円を描いた鋼糸が陽光を受けて煌いた。
「なんだと!?」
ダルジュが驚きの声を上げた。
オレの右手に巻き戻る鋼糸を信じられないという目で見た。そのままダルジュに向けて構える。
「ち、セレンか」
忌々しそうにダルジュが呟いた。尚も構えを解こうとしないオレを睨み据える。
「誰に手を上げようとしてんのかわかってんのか。お前を殺すなんて造作もないことだぜ?」
じっとりと手が嫌な汗をかいた。多分、ダルジュが言ってるのはほんとだ。
でもこのままでなんかいたくない。
対峙したままの室内に、緊張感が走った。風で窓ガラスが軋む音がする。
緊張を解いたのはダルジュの舌打だった。
「ちっ」
馬鹿らしいと言わんばかりに目を閉じる。
「今日のお前はゲストだ。犬っころに殺されるための、な。該当エリアはフェンスで囲まれてる。死にたくなったらフェンスを越えろ。一発で楽にしてやる。わかったらさっさと下に降りろ。さもなきゃ」
ダルジュが上げた右手に銃が握られていた。
「今、俺が殺してやる」
銃口の淵は暗く、どこまでも続く暗闇のように思えた。
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