DTH
更衣室のドアはひとつだけで、外には犬達が待っている。
窓はあるけど、英雄はもちろん、オレだって通れそうにないくらい小さい。
どうやって出るつもりなのかと英雄に聞いたら、簡単じゃないかと返された。
「少し離れてて、耳もふさいだほうがいい。うるさいから」
コートの中からマシンガンを取り出すと、英雄はドアに向けて引き金を引いた。
怒号のような連射の後にドアを蹴破る。犬が何匹か倒れていたけど、まるで全部じゃない。
「訓練された犬っていうのは、撃鉄の音にも反応する。鈍いのを置いて他は距離をとったな」
英雄がマシンガンを投げ捨てて、いつもの銃を取り出した。
「え、いいのか、あれ」
「プラスチック弾仕様の特注品だけどね。重いから荷物になるし」
英雄は構わずに走り出した。置いていかれないように付いていく。
置き去りにされたマシンガンを見て、なんて景気のいい話だと少しうんざりした。我が家の収入…もとい、英雄の隠し財産はこういうところに消えていくに違いない。
「クレバス、気がついたかい?建物の並び」
「え?」
「交互に立ってるだろう。君がいた雑貨店、ごちゃごちゃして、人が入りそうな作り。その隣のビルは窓もドアも撤去されて、犬が通りやすくなってる。他の建物もそう。人が選びそうな建物の周りは犬に有利になるよう便宜が図られてる。この集落全体が狩場になるよう構成されているのさ。この分じゃ遅かれ早かれ人は狩られる」
それでさっきあんなに簡単に屋根に出てきたのか。
「とんだ詐欺だ」
「かかる君が悪い」
言いながら英雄が待ち伏せしていた犬を撃った。犬はそれでも数歩追いかけてきて、やがて崩れて動かなくなった。
「まずいな、犬が少ない」
英雄が舌打した。
「なんで?願ったりじゃん」
「出てくるんだろう、ダルジュが。出来ればその前に逃げきりたいね」
せいぜいの希望を英雄が述べたときだった。
乾いた音がして、頭上のぐらついた看板が落ちてきた。やばい、当たる!
英雄が踵を返してオレをかばった。飛びのいたような格好になったおかげで看板には当たらずに済んだが、英雄はオレを抱えたまま尻餅をついた。
「痛…」
「大丈夫か?」
英雄のうめき声に後ろを向いて、そのまま硬直した。
英雄の後ろ、距離にして50mくらいのところにダルジュが立っていた。
銃口は間違いなく英雄の後頭部につけられている。
「飛び入りは大歓迎だぜ」
「英雄…」
オレの声色に英雄も感じ取ったらしい。
「距離はどのくらいある?」と小さく尋ねた。
「50m…かな。あまり当てにしないで」
「信じたいね」
言いながら英雄は静かに銃を抜いた。英雄の背と、広がったコートのせいでダルジュからはモーションが見えない。オレは微動だにせずダルジュを見ていた。目をそらそうものならすぐに撃たれる気がしたんだ。
わき腹の横にそっと銃を構えると、そのまま英雄は撃ち抜いた。
ダルジュの髪を掠めて弾丸が壁へと突き刺さった。
一瞬顔をしかめたダルジュの隙をついて、手早く近くの建物へと転がり込む。
「くっ…!」
ダルジュが追撃に入ろうとした時、バイクのエンジン音がした。
「何!?」
砂埃を巻き上げながらバイクがダルジュに向かって突進してくる。バイクに向かってダルジュが撃とうとするより早く、銃声が響いてダルジュの手から銃を弾き飛ばした。
「てめぇ、アレク!」
ダルジュの声がする。英雄とオレは顔を見合わせた。
キュキュ、とタイヤを軋ませて、バイクがターンしてこちらに向かってきた。
「早ク!」
アレクがバイクを軽く失速させながら手を伸ばす。
「意外とやるもんだ」
英雄が半ば呆れながらその手をとって、オレを抱えたままバイクに飛び乗る。
一瞬バイクはぐらついたけど、すぐに持ち直してぐんぐん加速した。
見る間にダルジュが遠ざかる。
「このまま突っ切れ!」
「モチロン!」
英雄の言葉にアレクが答えた。
仕切りのフェンスが見える。あれを越えれば…
アレクがさらにアクセルを吹かせた。
「つかまってて」
英雄が言いながら片手で銃を抜く。
フェンスの支柱を撃とうとした時、ふらりと人影が現れた。
「セレン―――――!」
英雄が苦虫を噛み潰したような表情になった。
「多対一。感心しないね」
セレンが腕を上げる。
「ダルジュが可哀相じゃないか」
きらりと光る螺旋状の輪――――鋼糸、だ。
このスピードで突っ込んだら、ばらばらになる。バイクも、下手をすればオレたちも。
ぞっとする数秒先の未来。このスピードじゃ避けようがない。
引き金のタイミングを失った英雄が歯噛みした。
「くそっ!」
一瞬の世界だった。
セレンの横をバイクが走り抜ける。
うまく鋼糸をかわせたとしてもフェンスがある。どちらにしても事故は免れないとオレ達は覚悟して、だから英雄はオレをきつく抱きしめたのに。
フェンスはバイクが接触する寸前に音もなく倒れた。あらかじめ切り取られていたかのようだ。
バイクがそこを通過する。
起きる風で、セレンの銀髪が綺麗に舞って、それから。
「――――――――――?」
どうしてだか、セレンの声がはっきりと聞こえた。
英雄の腕の中で見開いたオレの瞳と、皮肉な笑みをたたえたセレンの右目は間違いなく合ったと思う。
セレンの声以外まるで聞こえない、不思議な空間だった。
フェンスを乗り越えた衝撃と共に全ての音と感覚が戻ってきた。バイクのエンジン音がうるさいぐらいに鼓膜に響く。
「ナゼ?!」
アレクはフェンスとセレン、二重の意味で驚いているようだった。
「今は構うな!」
英雄が叫び返して、後ろを振り返った。
真っ黒な瞳がセレンの後姿を映して、一度だけ揺らいだ。
帰宅したオレ達を待っていたのは、アレクの説教タイムだった。
「感心しまセン。本当ニ」
オレと英雄は、ただただ小さくなってごめんなさいと言うしかなかった。
「いや、アレクは結構アグレッシブだったんだな。知らなかった」
英雄が場を和ませようと言ったらしい言葉は完全に逆効果だった。
アレクが英雄の胸倉をぐいと掴んで顔を至近距離に寄せた。本当に怒っているようだ。いつもの優しそうな笑顔のかけらが微塵もない。肋骨の痛みも怒りに拍車をかけているようだ。
「二重遭難。最低デス!あの場からどうやって出る気デスカ!」
「セレンが気まぐれを起こさなきゃ、立派な三重遭難じゃないか」
英雄が負けじと言い返す。
「ソレがわからナイ」
心底不思議そうにアレクが英雄から手を離した。英雄が咳払いをしながら胸元を直す。
「セレンの気まぐれなんか今に始まったことじゃない」
ソレはそうデスガ、とアレクはなんだか納得がいかないようだった。
「トコロで、クレバス」
アレクがオレに向き直った。
「ケガは?」
「ないよ、大丈夫。アレクこそ…ごめんなさい」
オレが謝るとようやくアレクはいつもの穏やかな笑みをみせた。
「無事なら、いいデス」
「僕にも言ってほしいね」
英雄の言葉にアレクはじろりと英雄を見た。
「脇腹、アロエでも貼るといいデス」
「脇腹?」
オレが聞き返すと、英雄がひどくまずいところに触れられたという顔をしていた。
「肌に密着させてウツ。ヤケドします」
アレクが説明した。
「たいした傷じゃない。もう、いいだろ。アレクも休んだほうがいい」
英雄が面倒そうに言うと、アレクは一瞬むっとしたような表情をして、それからオレに玄関までの見送りを頼んだ。
やっと楽になれるとソファに横になる英雄を横目に、アレクを玄関まで送り出した。
玄関でアレクはかがみ込むと、こっそりオレに耳打ちした。
「アトで英雄の手をみるといいデス」
「手?」
「アノ場所、厳戒態勢。ソトにも警備員大勢いた。タブン…」
多分英雄は何事も無かったように現れたはずだけど、潜り込むまでに相当手こずったはずデスとアレクは言った。
「オカゲで私、楽デシタ」
にこりと笑ったアレクに笑い返すことが出来なかった。
「クレバス」
アレクが長身をかがめて膝をついた。
「もっと、大人頼って。一人で困ル、よくないデス」
オレの頬を手で包み込むようにしてアレクは言った。
「うん…ありがとう」
ようやくそれだけ言えた。
アレクは微笑を絶やさぬまま、手を振って去っていった。
居間に戻ると、英雄はソファで寝ていた。
だらしなくめくれたシャツから、火傷して変色した脇腹が覗いてる。
近づいて、改めて見ると、手にも腕にも新しい無数の傷が出来ていた。
『探し物は見つかったかい?』
あの瞬間、セレンはオレに言ったのだと思っていたけれど、もしかしたら英雄に向けて言ったのかもしれない。
夕陽を受けて眠る傷だらけの英雄を見て、そう、思った。
第10話 END
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