DTH
暗闇の中でガイナスと話をした。
どうやらオレは断片的に記憶が抜けているらしい。
「家族はいるの?」とガイナスに聞かれて「いない」と反射的に答えた。体は覚えてるのか?
「僕もなんだ」
とガイナスがまた涙声になった。
「泣くなよ、男だろ」
「だってここがどこかもわかんないし、誰もこないし、もしかしたら、このままずっとここに…!なんで君こそ怖くないのさ」
ガイナスに言われて初めて気づいた。
オレはここを怖がってない。なんでだ?
だってこんなところにオレがずっといるわけない。
―――――が、来るから。
ずきんと頭に痛みが走った。
なんだ今の。
オレは…誰かを待ってるのか?
「誰か、迎えに来てくれるの?」
ガイナスが聞いた。声のニュアンスが微妙に変わって…なんだかねっとりとした聞き方になった気がする。
「多分」
「いいなあ、僕は来なかった。誰もいなくて、ここに馴染んじゃった」
体に嫌な汗が出てきた。
オレはものすごく大事なことを忘れてないか?
「君のこと、結構見てたよ。いつでも守られてて、なんなの?すごくムカツク」
ぱちんと頭の中で何かがはじけた気がした。
「お前…!」
振り返った瞬間に照明がついた。
打ちっ放しのコンクリートフロア。建設途中で飽きられたような造りで、オレ達がいるのは吹き抜けのテラス部分だ。柵もなく階下からの風が通り抜けた。相当高い。
「そいつに手を出すなっつったろうが」
忌々しそうに言って現れたのは、ダルジュだ。
ガイナスはけらけらと笑いながらダルジュを見た。
「だって〜、いつまでも遊んでるじゃない?さっさとしちゃえばいいんだよ。この子もあいつも」
「俺の獲物だと言ってる」
ダルジュがガイナスに銃を向けた。
にーっとガイナスが笑う。
「ダルジュさんもぉ、そうですよね」
「なに?」
「いっつもセレンさんにかばわれてぇ、一人じゃなんも出来ないっていうかぁ」
「このガキ!」
ダルジュが容赦なく引き金を引いた。
ガイナスは転々とまるで遊んでいるように軽やかに身を翻した。時に、テラスのボーダーぎりぎりのところでわざとバランスを取ってみせる。
オレはと言えば固まったままだ。
ダルジュが引き金を引き続けて、ガイナスが輪を描いて反転する。それを繰り返すうちに、いつの間にか立ち位置が逆転して、ダルジュがオレの前に背を向けて立った。
「ほら、今ですよぉ」
ガイナスがくすくすと笑った。
「なんだと?」
「そのまま蹴り落とせばいいじゃないですかぁ。僕が手を出すのが気に食わないんでしょ?」
「手前の指図は受けねぇよ」
ダルジュが拳銃を構えなおした。
「あっれえ〜?」
ガイナスが大げさなリアクションをした。
「じゃああの噂、本当なんだ〜。ダルジュさんは英雄を殺す気がないっていうの。」
―――え?
けらけらと笑うガイナスを見るダルジュの背は微動だにしなかった。
「いい加減にしろ」
声が怒気を含んでる。相当イラついたようだ。
「だったらやってくださいよ。簡単でしょ?」
ダルジュがちら、とオレを見た。一度だけ視線を外して階下を眺めると、改めてオレを見る。
しっかりと目があう。おい、まさか。
身を引こうとしたのが契機になった。
とん、と脇腹に軽い衝撃を受ける。ダルジュがオレを蹴った。押すくらいの簡単な力…でも、オレをそこから落とすには十分な力だった。
体がふわりと浮き上がって、物凄い力で階下へと吸い込まれる。万有引力の法則、か?畜生。
「きゃーははは、トマトにでもなっちゃえ!」
ガイナスの声が頭上から聞こえた。
景色が流れる。
オレはここで死ぬのか?
ここまで来ても実感がわかない。
オレは――何を待ってる?何を信じてるんだ?
「クレバス!」
誰かの叫ぶ声が聞こえた。
落下をしながら下を見る。手を広げて、待っている人物。
「英雄…!!」
英雄は間違いなくオレを抱きとめた。
みし、と骨の軋んだ音がして、英雄がかすかに呻く。それでもオレを離さずに、英雄はオレが元いたテラスの下に転がり込んだ。
ダルジュ達からの死角。追撃がないのを見て英雄が溜息をついた。
「英雄、どうして」
「しー、静かに。このまま出てくぞ。ここでやりあうのは得策じゃない」
質問攻めにしそうになったオレを人差し指一本で制して、英雄はしんどそうに息をした。
静かに耳をすますと、上から人の声がする。
ダルジュとガイナスが言い争ってるようだった。
オレ達にまで気が回らないらしい。
「間に合ってよかった。間一髪だったな」
英雄が小声で呟いた。
「あと数秒でトマトだ」
「ほんとに。よかった」
互いの額を合わせるように笑みをこぼして、それからこっそりとオレ達はそこを後にした。
「第3世代?」
英雄が車を運転しながら聞き返した。
「うん、そう―――言ってた。ガイナスが」
ほんとはセレンだけど。
オレはセレンのことは伏せて、ガイナスのことを話した。英雄はガイナスを知らなかったようだけど、話より運転に気がいってるみたいだった。
「そうかぁ」
英雄が生返事をした。
なんだかやたらに車がへろへろと蛇行している気がする。
やがてぷすんという間抜けな音と共に車が路肩に止まった。
「ごめん」
英雄が言いながらハンドルに頭を伏せた。
「限界だ。…ハンズスを呼んでくれ」
そういった英雄はびっしょりと全身に汗をかいていた。
なんだか最近呼び出されては用が済めばさよならなハンズスは、怒りながらそれでも驚異的なスピードでやってきた。オレ達をつけていたのかと思うくらいだ。
高いところで遊んでいたオレが落ちたのを英雄が受け止めたのだと聞くと、オレに無事で良かったと頭をなで、英雄には馬鹿かお前はと拳をくれた。
車のシートを倒して英雄を寝かせると、
「痛むか?」
と言いながらシャツの上からそっと、胸を押していく。
「少し」
英雄の額に汗が滲んだ。少しどころじゃなく痛そうだ。
そのままハンズスは何箇所か触診した。
「骨がめちゃめちゃに折れて内臓に刺さってたって不思議じゃないんだが、…大丈夫そうだな。運がよかったみたいだ」
ハンズスの言葉に英雄はそりゃあ残念だと笑ってみせた。
「英雄になりそこねたな」
「ふざけろ」
ハンズスは言って英雄の胸をぺちんと叩いた。それだけで英雄が息を呑む。
でもその顔はなんだか嬉しそうだった。
ハンズスに運転してもらって家に帰ると、英雄はハンズスに肩をかりて自分の部屋へと向かった。
自分の病院に行くよう勧めたハンズスに絶対嫌だと拒否したのだ。無理矢理にでも往診に来るからなとハンズスは言って英雄に肩を貸した。
しばらく居間のソファに座ってぼうっとしていると、ハンズスが静かに2階から下りてきた。
「大丈夫。鎮静剤を打ったから少しは楽になったはずだ。今眠ったよ」
「ありがとう。コーヒーでも飲む?」
立ち上がってキッチンに向かう途中、ハンズスがぼそりと言った言葉。
「…事故じゃないんだろ?」
寂しさが滲むような声だった。
足が止まる。そうだと言ってるようなものだと後で気づいた。
「ハンズス」
前にハンズスはオレをかばってダルジュに撃たれてる。
でも英雄は全部をハンズスに言ったわけじゃないみたいだった。
「君がそんな子じゃないのはわかってるつもりだ。こないだの件も、その前も。なにかある。そうだろう?」
FBIの刑事で、英雄の親友。
言ったらきっと、英雄の力になってくれる――――
口を開きかけたとき、セレンの言葉が蘇った。
『あの子にとっちゃ人質のようなものさ』
開いた口の中が急に乾いた気がした。うまく声が出てこない。
刑事になるのは昔からの憧れだとハンズスは言ってた。
英雄の力になれるかもしれないと。
その立場が英雄を苦しめると知ったら、ハンズスはどうするんだろう。
言葉の出ないオレを見て、ハンズスは自嘲気味な笑みを漏らした。
「すまない。困らせる気はなかったんだ。…忘れてくれ。俺は英雄が言ってくれるのを待つよ」
そう言ってハンズスは玄関に向かった。背中がひどく寂しそうで、オレは思わずおいかけた。
「ハンズス!」
玄関でハンズスは振り向いた。
「英雄は、ハンズスのことが好きだよ!ちゃんと、本当に――――」
ああうまく言葉が出てこない。ちゃんと伝えられたらいいのに。
ハンズスはオレの言葉に一瞬驚いて、それから、優しい笑顔で「知ってる」と答えた。
それはもういつものハンズスのもので、だからオレはほっとしたんだ。
この人が英雄の友人でいてくれてよかったと、オレは心底そう思った。
第11話 END
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