DTH
第12話 「家族ごっこ」
ハンズスに1週間の絶対安静を命じられた英雄は、しぶしぶと―――――本当にむっつりとした顔でベッドに寝転んだまま本を読んでいた。
「君がハンズスに転ぶなんて思わなかった」
とんだ裏切りだと言われても聞き流して、横に広げたノートに書きつけた。
「…なにしてるんだい?」
英雄が不思議そうに聞く。
「英雄が相当愚痴を言うはずだから漏らさず書いとけって言われた。ハンズスに」
ノートを見せてにししと笑うと、英雄が目を丸くした。
「そんな…!」
叫びかけて胸を押さえる。う、と呻いて突っ伏した。
「大丈夫か?」
慌ててかけよると、「うん」といういたく平常な返事がして、ひょいとノートを取り上げられた。
「あ――――っ!」
英雄はオレの抗議など聞こえないふりをしてノートをパラパラめくった。
「…こんなにきっちり書いてある」
なんて嫌なものを見たんだと英雄がこめかみを押さえた。
「お前がそれだけ愚痴ったんだよ」
そうかなあ、と英雄が声を漏らした。しばらく頭を掻いてから、ちろりとねだるような目線でオレを見る。
「クレバス、取引しない?」
「なにを」
「僕、ちょっとだけ外出したいんだけど」
英雄が見上げるような視線で願い出た。
「ダメ」
腕を組んで見下ろしながら即答する。ケチ、と英雄が呟いた。それも後で清算してもらうからな。
「それじゃ困るんだよなあ…あ、クレバス、代わりに行くってどうだ!?」
「オレが?」
「そう!アレクに届け物があるんだよ」
英雄は物凄く嬉しそうにそう言った。
オレを出迎えたアレクは事情を聞くと「はあ…」となんとも要領を得ない返事をした。
「英雄と約束?…覚えがありまセン」
シャワー途中だったらしい。アレクは、ぽたぽたと水滴を落としながらそれでも律儀に返答した。
「やっぱり。嘘くさいと思った。はいこれ、チーズケーキ。マージにならって焼いてみたんだ。美味しいと思うよ」
アレクはありがとうと言ってチーズケーキを受け取ると、オレの巨大な荷物を不思議そうに見た。
「クレバス、それは?」
「英雄のズボン。出かけられないように全部持ってきた」
英雄のくしゃみがどこからか聞こえた気がした。
折角ですからというアレクの誘いに応じて、オレはちょっとだけお邪魔することにする。
ぼろぼろで今にも崩れそうなアパートが、かろうじてその存在を保っていた。唯一の利点と言えば家から近いこと、くらいだろう。テーブルにも椅子にも古さが感じられる。どこかで見つけてきたのをピカピカに磨き上げたみたいだ。室内にも必要最低限以外、なにもない。質素さがアレクらしいと思った。
「こんな格好でスミマセン、シャワーを浴びていたトコロだったので」
水滴が艶やかな黒髪を伝って褐色の肌にすべり落ちる。細身の筋肉質な体のラインを雫が流れていった。アレクは長い睫を伏せて無造作に髪を拭くと、あらためてオレを見る。
「ん?」
オレはタオルに見え隠れするアレクの左胸に見慣れないものを見つけた。
数字の―――刺青?
刺青自体が意外だったけど、デザイン性のかけらもなくまるで機械的なその数字は、動いているアレクにひどい違和感をもたらした。
「クレバス?どうかしましたカ?」
アレクがオレに声をかけた。
「その、胸の…」
「アア」
アレクは自分の胸を見た。
「コレ、組織のコードね。みんなムネに持ってる…」
にこにこと説明しかけたアレクが笑顔のまま止まった。
「…クレバス、英雄のを見たことは?」
ふるふると首を振る。オレは英雄の裸なんか見たこともない。
「…一緒にオフロは?」
ふるふる。入るわけない。
「寝るときは?」
「…ベッド別だし、部屋も別」
相変わらず笑みを絶やさないアレクの雰囲気が、オレの返事を聞いて心なしか変わった気がする。
行きましょうカと笑ったまま――けれど体中に怒気をはらんで、アレクはオレの返事も聞かずにコートを掴むとドアを開けた。
アレクが向かったのは英雄の家だった。英雄はオレを見るなり、「ひどいじゃないか!ズボン全部隠して行くなんて!」と抗議の声を上げたが、オレの背後に立ったアレクを見ると口をあけたまま固まった。
「ケガした、聞きましタ」
にっこりとアレクがりんごを差し出す。
英雄が受け取るその前に手を返すと、ベッドの脇に腰掛けて自分でナイフを取り出して剥き始めた。所作に殺気がこもってる気がする。
英雄も察したんだろう。伺うような視線をこっちに寄越した。
「英雄、ココ、一人で寝てるんデスカ?いつも?」
アレクがりんごの皮をむきながら聞いた。
「え、あ、うん」
英雄の返事に、しゃっと鋭い音をさせてナイフがすべった。途切れた皮がぽとりとベッドサイドに落ちる。アレクの怒気が増長した。
英雄はいよいよ困った顔をしてオレを見た。助けてほしいと顔に書いてあるが、オレだってどうしてアレクが怒ってるのかなんてさっぱりわからない。無理だ、の意味をこめて首をふる。
「お風呂、クレバスと入りましたカ?」
「はあ!?」
驚く英雄の鼻先にアレクがナイフを突きつけた。
「ナイフ使ってマス、あぶないデスよ。大人しく寝るデス」
英雄が鼻先数ミリのナイフを見て静かに息を呑む。英雄がアレクに押されるなんて珍しいかもしれないと少し思った。
「英雄達、家族、違いマスカ?」
アレクが器用にりんごの皮を剥きながら聞いた。
「…一応…」
英雄の返事に再度ナイフが滑った。
なにが気に食わなかったのかと、英雄はおろおろしながらオレとアレクを交互に見る。
「一緒に寝なサイ」
アレクが命令形で言った。
「お風呂ムリなら仕方ナイ――ケガですから。でも寝るのは一緒に出来る。そうデスネ?」
「別に一緒じゃなくても寝れる――――」
英雄が抗議しかけたとたんにナイフが英雄の耳元を掠めて枕に突き刺さった。
「大声出すから手が滑りマシタ。危ナイ」
絶対嘘だ。
硬直した英雄の横からナイフを抜く。
「クレバスに嘘つかせたら…わかりマスよ?」
アレクは相変わらず笑って言ったけれど、あれは間違いなく脅迫だと思った。
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