DTH
第13話 「胸の穴」
1週間の謹慎が解けた英雄はいきいきと伸びをした。
「これで好きなだけ出かけられるぞ!」
とドアを開けた瞬間に、ハンズスが目の前に立ちふさがっているのを見て、笑顔のまま時を止めた。
「どうせそんなこったろうと思った」
まだ満足には動けないだろうからついていってやる、というありがたいハンズスの言葉を聞いた英雄の背中は、なんだか泣いていたようにも思う。
「そんなに気を使わなくてもいいんだけど」
英雄がハンドルを握るハンズスに呆れたように言った。運転すらさせてもらえないのが不満らしい。
「出先でなにかあったらどうする気だ」
「あるわけないだろ」
英雄がむくれてみせた。
ハンズスは一瞬だけ英雄を横目で見る。
心配をしているのか、疑っているのか、オレには判断がつきかねた。
英雄はあんなに出かけたがっていたくせに、いざとなったら「別にどこでもいい」なんて言い始めた。「出かけられないと思ったら外に出たくなるもんだ」とうそぶく。
ハンズスが仕方ないなと呟いて、ショッピングモールに車を向かわせた。あれ以来、一度も来ていなかったその駐車場のゲートをくぐったとき、英雄は一瞬だけ渋い顔をした。丁度食料品が切れかけていたところだから、オレにはありがたいチョイスだった。自分の欲しいものより先にそんなことが浮かぶなんて、我ながら所帯じみてると思う。
英雄はあくびを噛み殺しながらオレ達の後をついてきた。
ハンズスの押すカートがからからと音をたてる。
と、店内に缶詰のなだれる騒音が響いた。横の通路でわあんと言う子供の声が聞こえた。誰かがやっちまったらしい。
「ああ」
ハンズスが言って駆け寄っていった。
「大丈夫かい?」
言いながら缶詰をひとつずつ手にとってどけてやる。
「あいつはホントに世話好きだな」
英雄がしめしめとばかりにカートにもたれて先へと進んだ。
オレはハンズスを気にしながらも足が英雄についていく。
「すみません」と言った少年の金髪がハンズスの肩越しに見えた。
少年が伏せていた顔を上げる。
そこに刻まれた無邪気な笑いに見覚えがあった。
――――――ガイナス!!
立ち去りかけていたコーナーを曲がる。あいつ何する気だ!
駆け寄るオレに気づいたガイナスがうっそりと笑った。
「本当に優しいんだ…」
「え?」
ガイナスの声のトーンが変わったのをハンズスが不審がった。
「でも、英雄を信じるのはどうかと思うよ。あなた騙されてる。可哀想だ」
そう言ってガイナスは封筒をハンズスに差し出した。
反射的にハンズスが受け取るのと、オレがそこに辿り着くのは同時だった。
「おまえ!」
叫んだオレを愉快そうにあざ笑いながらガイナスは立ち上がった。
「あははは、怖い怖い。そんなに怒らなくったっていいじゃない?僕はホントのこと教えてあげるわけだし?」
そう言ってくるりと身を翻す。ころころと缶詰が転がった。
追いかけようとして、ハンズスの異様な気配に立ち止まる。
ハンズスはひどく思いつめた顔で封筒を見ていた。
「ハンズス…」
怖い。
「今のは、誰だ?友人か?…違う、よな」
ハンズスが自答した。
オレが答えられないのを見て、ハンズスは厳しい顔で「…すまない」とだけ言った。
ショッピングモールの音楽はやけに陽気で、それがひどく耳障りだった。
ハンズスは一人で帰ったというと、英雄はなんだそりゃと呆れたような声を出した。
「ええ?なにかあったのか?」
困ったように言う。ハンズスがそんなことするなんて、と驚いたようだった。
ガイナスのことを言おうかと迷う。
思いつめたハンズスの様子が怖かった。
――なんて、言えばいいんだろう。
オレの様子を見て英雄は小首をかしげた。
「なにか変だな」
英雄の言葉にぎくりとする。
英雄はそのまま何も言おうとしないオレをしばらく見ていて、それからまあいいかと頭を軽く撫でた。
再びハンズスが来たのは夜になってからだった。
玄関を開けたオレが、その扉を開けたのを後悔するくらい怖い顔をしていた。
「英雄はいるか?」
いなかったらどんなにいいんだろう。
こんなときに限って英雄はいた。
「ごめんよ」
およそハンズスらしくない、オレの返事も待たずにずかずかと中に入っていった。
テレビを見ていた英雄が顔を上げる。
「お、どうした…」
いつも通りに対応しかけて、ハンズスの様子が違うのに気づいたらしい。笑みをひっこめて真摯な顔つきになると立ち上がった。
「これはどういうことだ…?」
ハンズスの声が震える。
「本当なのか!?」
叫びながら書類を投げ捨てた。
ガイナスの封筒の…中身?
レポートと写真が何枚も部屋中を舞った。
英雄が空中に舞う一枚を何気ない様子で手に取った。ひどく興味のなさそうな顔でそれを斜め読む。
「スパイになった、だと…?あちら側とは切れてなかっただと…?この何年も!!」
英雄が書類から目を上げた。
「あの日お前は二度と殺しはしないと誓ったじゃないか!」
ハンズスが叫んだ。
「事実だ」
英雄が目もそらさずに言う。
瞬間ハンズスは英雄の胸倉を掴みあげて壁に押し付けた。傷が痛んだのか英雄が小さく息を呑む。
「FBIの上層部と取引をしていただと…!?どうして俺に何も言わなかった!」
怒りを込めたハンズスの瞳とは対称的に、英雄の瞳の色が急速になくなっていった。
黒に塗りつぶされたような瞳で英雄はうつむいた。ぽつり、と呟く。
「言って、なにか変わったのか?」
激昂したハンズスが英雄の頬を拳で殴る。オレは思わず目を閉じた。
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