DTH
第14話 「等身大の友情」
「ごめんなさい」
英雄はさんざん言い訳を重ねて、それでもオレが腕組みをほどかないのを見て、最後にようやくそう言った。
あの後ハンズスを見送ってから家の中に戻ると、もう英雄はいなかった。
出かけたがってたのは知ってる。けど。
このタイミングで出て行くなんてどうかしてるんじゃないのかと、ムカっぱらが立った。
かくしてオレは待っていたわけだ。
時間がたつにつれて沸々と湧き上がる怒りを抑えながら、玄関で、英雄を。
たっぷり時間が経って、真夜中近くになってから英雄は帰ってきた。
オレがそこにいるのを見ての第一声は「まだ起きてたの?」、だ。馬鹿にしてる。
「当たり前だろ!どこ行ってたんだ!」
なんだかどこかの奥さんみたいだと自分で思った。
「うん、ちょっと」
英雄はしれっと答えた。顔色がいい。数時間前に倒れたのが嘘みたいだ。
「…具合、もういいのかよ」
「ああ」
英雄はようやく思い至ったかのように自分の胸を見た。
「ハンズスは、なんて?」
「ストレス性の過呼吸じゃないかって」
「ハンズスが言うならそうなんだろ」
玄関に入ろうとする英雄の進路に立ってふさぐ。
英雄は初めひどく不快そうな顔をしてから、オレを見た。
「クレバス?」
「どこ、行ってたんだよ」
英雄は答えなかった。
「心配したんだぞ!」
オレの言葉に英雄は驚いたようだ。
しばらくオレを見て、なにかいいかけて、そして最後にようやく謝った。
ハンズスの伝言を聞いた英雄は、少し困ったように頭を掻きながら受話器に手を伸ばした。今起きたことにする気らしい。
「なに話せばいいのかな」
ダイヤルしながらオレに聞く。
「オレが知るかよ。とりあえず、謝れば?」
「どうだろう、それは…あ、ハンズス。僕だ、英雄」
英雄はしばらくハンズスと話していた。
もっぱら英雄は聞き役で、「ああ」とか「うん」とか「そうなんだ」と相槌ばかり打っていた。
話が収束に向かったのがそれでもわかる。
「ああ、じゃあまた今度…」
英雄が言いかけた言葉を切って、
「ハンズス」
ハンズスの名を大切そうに呼んだ。ハンズスがなんだと聞き返す。
「…ありがとう。いつも、感謝してる」
受話器に向けてそういう英雄の顔は、ハンズスに見せたいほど綺麗な表情だった。人が誠意を見せるとき特有の、真摯な顔。笑みの形に結ばれた唇が信頼の証のようでうらやましかった。
ハンズスが受話器の向こうでカップを落としたらしい音がオレにも聞こえた。
それからしばらくしたある日、英雄が唐突に言った。
「クレバス、今日お客さんが来るから」
外はどこまでも澄んだコバルトブルーで、鳥が朝を告げていた。オレはと言えばスクランブルエッグを作っている最中に英雄が起きてきたもんだから、卵のこげ具合を気にしながらコーヒーをいれて英雄に渡したところだ。それをすすって、新聞を見ながら英雄がそう言ったのだ。
「は?」
なにを言ってるんだこいつは。
ここに人が来る??
英雄がわざわざ「人が来る」なんて言うのは初めてだった。今まで来客(?)は大抵無断で、しかも招かれざる人間ばかりだった気がする。
英雄は新聞をばさりと翻して、オレを見た。
「養父の友人が今旅行でこちらに来ているそうだ。たしかお子さんは君と似たような年くらいだったかな。ま、仲良くやってくれよ」
「は…ああああああああ?!」
オレはフライパンを持ったまま叫んだ。
「何言ってんだ、お前!今日って!寝るとこ食うもんどうするんだよ!?なんの準備もないぞ?」
君は随分所帯臭くなったねと言いながら、英雄はオレの抗議を片耳を押さえて聞いていた。
「大丈夫。泊まりはしないよ。マージに言われてたけど、新聞の日付を見て思い出したんだ。10時には近くの駅に来るらしいから適当な観光スポットでもみつくろっておいてくれ」
10時なんてあと30分もないじゃないか。
呆然とするオレを放って、英雄は黙って身支度を始めた。
英雄のお父さんは、FBIの刑事だったと聞いてる。
その知り合いだというから、てっきり豪腕の刑事か、ごついおっさんが来るのだとばかり思ってたら全然違った。
「まあ、英雄さん。大きくなったのね」
「お久しぶりです。由希子さん」
一目でそれとわかったのか、英雄を懐かしそうに見つめて歩き寄ってくる婦人が待ち人だと気づくのにしばらくかかった。
穏やかの一言に尽きる第一印象だ。
黒髪がきっちりとみつあみに縛られていて、エンジのロングスカートがよく似合っていた。瞳がどこまでも優しくて、絵に描いたようなお母さんを思わせる。
「こちら、クレバス。今預かってる親戚の子です。シンヤのいい遊び相手になりますよ」
英雄が無責任にオレを紹介した。
僕の子だとすると父親になったのが彼女と知り合う前になってしまうからね、それはまずいと出掛けに説明はされていたけど。
なんだか納得がいかないのはなんでだ。
「まあ…よかった。伸也」
シンヤ、と呼ばれた少年は憮然とした表情でオレを見た。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。英雄の少年時代を見ているようだ。オレより少し背が高い。多分ちょっとだけ、年上なんだろう。生意気そうなあたりに同類の匂いを感じた。
『フン、馬鹿らしい』
シンヤが聞きなれない言葉でなにかを言った。
英雄が笑顔のまま固まる。英雄にはわかったみたいだ。
「まあ、伸也」
由希子さんがシンヤをたしなめた。
「すみません、この子元々こちらに来るのを嫌がってまして…日系のスクールに入れているせいもあって、まだ、言葉が」
「構いませんよ。アメリカに来られたのはご主人の転勤がきっかけでしたっけ」
「ええ、主人は亡くなりましたけど、ここは主人と出逢った思い出深い国なので離れるがつらくて。今日は少し気分転換も兼ねてお邪魔しようかと」
「お役に立てれば幸いです」
英雄が笑った。ちろ、とオレを見る。
「よろしく」
むかつきながらも手を差し出す。
シンヤは――――シカトした。
「あらまあ」
由希子さんが困ったように言った。
「だめじゃないの」とシンヤをしかりながら、オレに「ごめんなさいね」と謝る。
甘やかしすぎなんじゃねーのか、そいつは。
ムカムカするオレの様子を、英雄は冷や汗をかきながら見ていた。
「時限爆弾を見ている気分だった。いつ噴火するかと」とは後に聞いた本人談だ。
大人は大人同士話があるようで、英雄と由希子さんに並んで歩かれると、オレは自然シンヤと歩くはめになる。
話題のビュッフェがいいか、それとも有名店で買い物でもしますかと英雄が聞くと、由希子さんはお任せしますと答えた。
「マージちゃんは元気?」
「ええ。今日は都合がつかなかったようです。とても残念がってましたよ」
「きっと綺麗に育ったでしょうねぇ」
笑う顔が優しい。英雄とどことなくいい雰囲気のような気もした。
二人を観察しても仕方がないのでシンヤに話しかけることにした。
「お前どっか行きたいとこねーの?」
「別に」
帰ってきた英語があまりにナチュラルだったので危うく聞き逃すところだった。
「お前、しゃべれ…!」
叫びそうになるオレの口をシンヤが塞ぐ。
「あら?」
由希子さんが振り返ったとき、シンヤはオレの口に飴玉を投げ入れた。飲み込みそうになって、あわてて口を閉じる。
「どうかして?」
『なにも?アメあげただけ』
シンヤがまたオレの知らない言葉で答えた。多分、日本語ってやつだ。
英雄はなにか気づいたけど、オレが黙っていたのでつっこまないことにしたようだ。
「さあ、行きましょうか」と由希子さんをエスコートする。
二人が背を向けたのを合図に、オレとシンヤは互いの胸倉をつかみ合った。そのまま顔をくっつけあったまま、小声で凄みあう。
「なんなんだよ、一体」
「るせーな、母さんにばらしたら殺すぞ」
こいつ由希子さんの前とではまるで態度が違いやがる。
「オレはあんなヤツ絶対認めないからな」
シンヤが言うのは英雄のことらしい。
「はあ?何言ってんだお前」
シンヤの瞳が本当に黒い。英雄の目みたいだ。
そのままたっぷりお互いにらみあっていたとき、また由希子さんが振り返った。
「あら?」
慌ててシンヤと肩を組む。スマイルは特上。さながら親友同士のように。
「急に仲良くなったのねえ」
ころころ笑う由希子さんとは対照的なまでにあきれた視線を英雄がよこした。
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