DTH
道中は最悪、と言ってよかったかもしれない。
「このマザコン野郎」
ぼそっとシンヤに向けて毒づくと、「ファザコンに言われたくなんかないね」と返された。
くっ、殴りてぇ。
「これはどうです?」
気づけば英雄が由希子さんを連れてジュエリーショップのウィンドウの前に立っていた。
「まあ、素敵」
英雄が店員を呼んで、由希子さんに商品を詳しく見せる。
指輪、だ。
「やっぱり」
シンヤが憎憎しげに呟いた。
「母さん、あいつと再婚するんだ」
オレは今、全力で目を見開いていると思う。
「そんなわけねーだろ」というオレの否定の言葉を、シンヤは素直に受け取らなかった。
「前から様子がおかしかったんだ。そわそわして。嬉しそうにあいつの名前言ったかと思ったら…あんなヤサ男」
ヤサ男。
英雄が聞いたら泣くだろうな。
「ねえよ、英雄には別にいるんだから」
「あ?」
オレ達が再び取っ組み合いそうになったときだった。
「今は、これで」
そう言いながら英雄が由希子さんの指に指輪をはめた。
「まあ…ありがとうございます」
由希子さんが嬉しそうに微笑む。
「いずれきちんとお渡しします。それまで楽しみに待っていてください」
英雄の言葉に、互いをつかもうとしていたオレ達の手は空中をさまよった。
マジなのか?
「だから言ったじゃねーか」
シンヤが言う。シンヤはシンヤで動揺したようだ。声が震える。
「んなわけあるかよ。第一、なんだ、そしたらお前がオレの?」
オレの言葉にシンヤが怪訝な顔をした。
「なんだ、親戚の子じゃねーのか」
「わけありなんだよ」
ふうん、とシンヤが心からどうでもよさそうな返事をした。
「俺はお前みたいな弟いらない」
「オレだってお前が兄貴なんてごめんだ!」
オレ達は同時にそっぽを向いた。
「なんか変な雰囲気だなぁ…」
昼食の最中、由希子さんが席をはずした隙に英雄が言った。
話題のオープンカフェはそれなりに混んでいて、店内にコーヒーの匂いが充満している。オレとシンヤは黙ってサンドイッチを食べていた。
オレンジジュースをすすりながら、シンヤと顔を合わせる。
聞くなら、今しかない。
「英雄…」
「あんたさ」
同時に話しかけて、互いに黙る。
顔を見合わせて、もう一度口を開いた。
「あのさ」
「うちの…」
見事なハモリだ。一瞬深く満足して、それから、互いの胸をつかみ合う。
ぶつかった衝撃でテーブルの上のサンドイッチが少しだけ浮いた。
「なんだよ、オレが話そうとしたんだろ」
「俺の家のことだろ!黙ってろ!」
「なんの話だ?」
英雄が自分と由希子さんの皿を手で持ちながら聞く。口にはフォークをくわえたまま、ブレイクなら皿を置くが、と付け足した。
「英雄が、由希子さんと結婚するんじゃないかって」
オレの言葉に英雄はくわえていたフォークを落としかけた。
「は?」
「だって、指輪渡してたじゃないか、あんた」
シンヤが言うと、英雄がくすりと笑った。
皿とフォークを置くと、面白そうにシンヤに向かいあう。
「由希子さんが探しているのは、君のお父さんの指輪だ。シンヤ」
「え?」
オレとシンヤが同時に声を上げた。
「由希子さんはこの街でお父さんに出会った。結婚指輪を受け取ったのもこの街だが、新婚旅行中に失くしてしまったそうだよ。由希子さんは許したそうだが、ご主人が亡くなってから見つけたくなったらしい。それで僕に依頼してきたんだ」
「依頼?」
「探偵なんでね」
一応、と英雄がオレを見ながら付け足した。
「なぁんだ」
シンヤが心底ほっとした声を出した。
「じゃ、じゃあさっきの指輪なんだよ」
オレが慌てて抗議する。
「ん?寂しそうだったから。元気になればいいなと思って」
英雄はからっと答えた。
指輪は恋人にあげるものだと言ったのはどこのどいつだ。呆れて言葉も出ない。
「あら、皆でなんのお話?」
戻ってきた由希子さんの指に、英雄の指輪が光っていた。
オレはなんだかとってもぐったりして、もうサンドイッチも喉を通らなかった。
それからあちこち案内しているうちに時間はあっという間に過ぎて、二人を見送る時間になった。
シンヤはあくまで由希子さんの前では日本語しか話さなかった。駅にたどり着くまでにあのあと5回は言い争った気がする。とことんまで気が合わないみたいだ。
「大変、地図をなくしてしまったわ。買ってこなきゃ」
由希子さんがあわてて駅の売店に向かうのを見て、英雄がシンヤに跪いた。
「君の事をとても心配していたよ。彼女を思うなら、英語が話せるのを知らせてやるといい」
そう言ってシンヤの胸を叩く。
「君が彼女を守るんだ」
シンヤが何か言おうとしたとき、由希子さんが戻ってきた。
「だめね、私。うっかりしちゃって…」
電車がホームに滑り込む。
乗り降りの人の雑踏の中で、シンヤがオレに近づいた。
「二度と会いたくない」
どういう挨拶だ。
「オレだって」
むっとしながら言い返して、にっと笑うと互いの手の平を叩き合わせた。
「またな!」
シンヤが笑いながら電車に飛び乗ると、車内にいた由希子さんが少しよけてシンヤの居場所を作る。
「うん!」
手を振ると発射のベルが鳴り響いて電車が動き出した。
窓を開けたシンヤがなにか叫ぶ。
「なに?」
大声で聞き返すと、綺麗な英語でシンヤが言った。
「今度はお兄ちゃんて呼んでもいいんだぜ?」
由希子さんが驚いた顔をしてシンヤを見る。
ごめんだ馬鹿、というオレの返事を浴びながら、電車はホームから去っていった。
「はあ、しかし僕が由希子さんとね」
電車を見送った英雄がやれやれというように肩を揉みながらため息を吐いた。
「クレバス、僕いくつに見える?」
「25か6…だったっけ?も少し上だっけ」
「シンヤいくつに見えた?」
「オレよりちょい年上」
「由希子さんは?」
「…英雄より、若いかも??」
ちっちと英雄が指を振る。
「大前提を忘れてる。彼女は僕の養父の友人、だ」
ということは、少なくとも英雄より20は年上…
「えええええええ?」
指を折り曲げかけて絶叫する。
だって全然そんな風に見えない。
これが人類の神秘ってヤツか。
オレは未知なる世界を覗いた気がした。
第14話 END
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