DTH
崩れ落ちたシャフトを、英雄は見続けた。
たっぷり、十秒は見続けたろう。
それから、とてもゆっくりと、こちらを向いた。
信じられないものを見るような、恐怖に歪んだ顔で。
第15話 「未来予想図」
由希子さんから連絡が来ないと英雄がぼやいていた。
「おかしいなあ、家に戻ったら連絡をくれると言ってたんだが。もう2週間だろ?いくら長期とはいえ、旅行の日程は終わったはずだし」
かけても留守電だし、と英雄は受話器を放り投げた。
「なに?指輪見つかったの?」
「そんなに早くは見つからないよ。何十年も前の話だし、うんと時間はかかるだろうね。…まあ、用事があるわけじゃないんだけど。気になって」
「延長してるんじゃない?」
考えにくいなあと英雄は言った。
「それよりどうすんだよ、これ!」
英雄の鼻先につきつける。
今朝ご丁寧に玄関のポストに届いていた――――――――いわゆる脅迫状だ。
『お前の罪を知っている。ばらされたくなければ郊外の廃工場まで来い。時間は…』
どこまでも棒読みで英雄はそれを読んだ。
「19時だと。もうすぐだな」
くしゃりとそれを丸めてゴミ箱に投げ入れる。
「え、行かないのかよ!?」
驚くオレに英雄が説明した。
「具体例がない。ほら、よく詐欺の手口でもあるだろう?浮気をしているのを知ってるぞ。ばらされたくなければ…ってやつ。あれと同じさ」
「だって、お前、心当たりは」
「山のようにあるね」
ここぞとばかりに胸を張る。この男は馬鹿だ。
封筒の中にもう一枚、何かが入っていた。
「英雄、まだなにか入ってる」
取り出した写真を見て、オレは息を呑んだ。
こないだの、由希子さん達とショッピングに行っているオレ達の写真だった。
英雄は眉間に皺を寄せて写真を見た。
くそ、とかなにか呟いたように思う。
慌ててゴミ箱から脅迫状を拾い上げて、さっさと胸のポケットにしまいこむ。身を翻して、準備のために自分の部屋へと急いだ。
「待てよ、英雄、オレも」
「ダメだ。危ない」
オレに釘を刺しながら、英雄がふと思いついたように言った。
「アレクに手を出すなと言っておいてくれ。話がややこしくなりそうだ」
「オレを置いていくならアレクにそのまま連れてってもらうぞ」
英雄が苦い顔をした。
仕方ない、おいでと言ってオレの手を引く。
シンヤには悪いけど、それが少し嬉しかった。
指定された廃工場はひっそりと佇んでいた。
オレにはよくわからない機械がまんま残っている。ベルトコンベヤーなんかボタンを押したら今にも動きそうだ。
「クレバス、先に言っておくけど、中に由希子さんたちがいるとは限らないよ」
英雄は言った。
「こういう場合、考えられるのは3つ。ひとつ、本当に人質にとった。ふたつ、とったように見せて実は手を出していない。みっつ、これはひとつめのアレンジだが人質にとってはいるけど生きてはいない。今回のケースなら、可能性はふたつめが一番大きい。彼女達がいなくなってから時間が経ちすぎている」
「オレ達の選択肢は?」
「どのケースにしろ、行くしかないだろうね」
だから君がついてくるのは賛成しかねると英雄は嘆息した。
「じゃあ、行こう」
英雄を促して工場内に入る。靴音が、静かな工場内に響き渡った。
しばらく歩いていると、蛍光スプレーで書かれた矢印が現れた。
「順路だ」
英雄が呆れたように言うのを聞きながら、小走りで駆け出す。
かちり、となにかの音がした気がした。
「クレバス!」
英雄が叫んでオレを押し倒す。さっきまでオレが立っていた場所にボーガンの矢が刺さっていた。
「大原則、だ。君は僕の後をついてくること」
英雄が矢を見たまま言って、オレは黙って頷いた。
工場の中は怖いほどに静かだった。時折、英雄が足を止めてはトラップを解除する。
「なあ」
「ん?」
英雄がナイフでなにかのコードを切りながら答えた。
「あの手紙…出してきたの誰だと思う?」
「さあ、誰だろうね」
心当たりがありすぎてねと英雄は言った。
「意味の無い予測はしない主義なんだ」
英雄がひざをはたいて立ち上がる。
「さあ、どうやらこの先がゴールのようだよ」
そう言って英雄が指した先に、「GOAL」と書かれた蛍光スプレーの文字が輝いていた。
なんだか子供の書いたようなその字は場違いなほど浮かれてて、気味が悪かった。
工場の内部は機械がまんま残っていたのに、そのフロアだけ撤去されているようだった。
馬鹿でかいシャフトがフロアの周りに並んでる。本来は機械があったんだろう、天井近くには監視室の窓があるのが見えた。
がらんとした空間に、誰かが銃を抱えて座っている。
男、だ。相当大きい。がっしりとした体躯にいかつい顔をした黒人だった。
覚悟を決めたような目で英雄を見る。
オレの知らない男だった。こいつが手紙の主?
「来たか」
英雄は黙って胸ポケットから脅迫状を取り出してすべるように投げた。
「これを送ったのはあんたか?」
「私の元にも来た。娘に秘密をバラされたくなければ、お前を殺せと」
英雄の眉がぴくりと動いた。
脅迫状を出したのが、こいつじゃない…ってことはここにシンヤ達はいないってことだ。
英雄の顔に苦渋が滲んだ。
「送ったのがあんたでなければ、僕に闘う理由はない」
そう言ってオレに手をかけた。帰る気だ。
「生憎私にはある。銃を抜け」
男が立ち上がって英雄に銃を向けた。
「断る」
英雄が答えた瞬間に銃声が響いた。
男じゃない、あいつはまだ撃ってない。
驚くオレの目の前で、英雄の体が泳いだかと思うと、右腿から血を流して跪く。
「英雄!」
英雄の額にじっとりと汗が滲んだ。血がじんわりと英雄の服を染めていく。
「…どうやら手紙の主は僕達を帰す気がないらしいな」
そう言って英雄はオレを見た。
「下がって、クレバス」
よろめきながら立ち上がる。英雄の背中がオレの視界に広がった。
「そこで、見ていて」
穏やかに告げて、英雄は銃を抜いた。
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