DTH

 英雄が男に銃を向ける。
 さっきの狙撃なんかなかったかのように、背筋を伸ばした綺麗な姿勢だった。
「恨みはない。だが、撃たねばならん。許せ」
 男が言った。
「お互い様さ」
 英雄が笑う。
 引き金に指をかけたまま、互いを見合った。
 英雄の汗が頬を流れる。
 まるでそれが合図かのように二人は撃ち合った。
 初弾は掠めることもなかったようだ。
 撃ち終わった瞬間に、男が横に飛び、英雄がそれを追撃する。
 撃ちながら走りこんで距離を詰め、男の額に狙いを定めた瞬間に、男が銃を捨てて英雄に飛び掛った。英雄の腕から拳銃を弾き飛ばして、男が英雄を押し倒す。そのままもつれるようにして二人は転がった。最後に上になったのは、男、だ。
 ぜいぜいと互いに息を切らしながら、英雄と男は睨みあった。英雄の両腕が男の膝で押さえ込まれてる。完全に動けない英雄の喉に、男が震えながら手をかける。無駄な抵抗だと知っていても、英雄は首をそらした。
「英雄…!」
 駆け寄ろうとしたオレより先に、飛び出してきた影があった。
「やめて、パパ!」
 場違いなネグリジェを着た少女が、長い髪を揺らしながら男に駆け寄っていく。
「ステファニー…」
 男が呟いた。
 男と、英雄が呆然と少女を見たとき、どこからか銃声が響いて少女の胸に赤い花が咲いた。
 男が咆哮を上げながら少女に駆け寄って行く。
 たん、と乾いた音がして、男が倒れた。
 少女の名を呼びながら、男は這いずった。男の通った後に血の道が出来る。 
 オレも英雄も、動けなかった。
 まるでなにか悪い夢を見ているように、ただ黙ってそれを見てた。
 なにが起きたのかまるで理解できない。
 男が、少女の下に辿りついた。小さなその手を握って、懺悔する。
「許しておくれ…パパは、お前に、嘘を」
 少女はもう何も言わなかった。男の瞳から急速に生の光が遠のいていく。
 ふらりとそこに足が向いたとき、あたりに耳障りな哄笑が響き渡って我に返った。
 覚えのある子供の声――――――――ガイナス!
 天井近くにある、工場を見渡すコントロール室に明かりが灯る。
 けらけらと笑うガイナスがそこにいるのが見えた。心底楽しそうだ。
「ど〜お?面白かったでしょう?その人も先輩と一緒。人殺しなのを娘に黙ってたんだよ〜」
 ガイナスの声を聞きながら、英雄は呆然と二人を見ていた。
 もう男も動かない。二人は寄り添ったまま、冷たくなっていった。
「ねえ、未来の縮図を見ているみたいだと思わない?」
 英雄は答えなかった。瞳に二人の亡骸を映したまま、そこに佇む。
「それだけの、ために…」
 唇がわなないた。ガイナスが鼻で笑ってオレを見る。
「それだけのために、こんなことを!」
 オレが叫ぶとガイナスは憮然とした表情になった。無表情にオレを見てからにやりと笑う。
「そうだよぉ。だって教えてあげなきゃ。幸せになんかなれるわけないじゃん」
 ねえ、先輩?と英雄に向けてガイナスが笑いかけた。
「お前!」
「なんだ、先輩相手してくれないんだ。つまんな〜い」
 じゃあ死んでいいよとガイナスが言った。
「生きてたらまた会おうね。じゃ!」
 明るく言って立ち去るその意図がわかったのは、英雄の頭上に工場用のでかいシャフトが落ちてきたときだった。
「英雄!」
 英雄はオレの声で我に返った。
 横に転がってシャフトを避ける。地響きをさせながらシャフトが床にめり込んだ。
 あんなのが当たったら…!
 一息ついた英雄の背後のシャフトが軋む。
「そっちも…!」
 英雄が自分に向けて落ちてくるシャフトを見て硬直した。
 間に合わない!
 オレは駆け寄りながら、シャフトに向けて鋼糸を投げた。
 ビンゴ!
 シャフトが英雄の頭上で二つに折れて、床に突き刺さる。
 あたりに金属特有の高音が響き渡った。


 崩れ落ちたシャフトを、英雄は見続けた。
 たっぷり、十秒は見続けたろう。
 それから、とてもゆっくりと、こちらを向いた。
 信じられないものを見るような、恐怖に歪んだ顔で。


 振り向いた英雄はひどく強張った顔をしていた。
 鋼糸の先が間違いなくオレに続いていることを知って、オレに走り寄よると勢いのままに肩を掴む。痛い。
「どうして…!」
 英雄は叫んだ。ぎり、と爪が食い込む。
「どうして、君がこんなものを…!!」
 オレの右手を掴んで叫ぶ英雄の顔は悲痛で、今にも泣きそうだった。
「いっ…離せよ!なにが悪いんだ!どうして…」
 反論しようと英雄の顔を見て息を呑む。
 英雄が見たことがないくらい悲しそうな顔をしている。黒い瞳に影が沈んでみるみるうちに深い落胆の色になった。
「武器なら…」
 英雄が言った。腕から力が抜けていく。オレの右手を掴んだまま、頭を垂れた。なんて弱い声。
「武器なら、僕が使うから。必要なら、血の海にでも沈むから」
 視界の端に少女と男の遺体が映った。
「頼む、君は、君だけは使わないでくれ…!」
 英雄が痛いくらいにオレを掴んだままそう叫んだ。
「なんでだよ」
 オレの声に英雄が顔を上げた。
 声がひきつる。どうして。
「…オレは、守られるばっかりなんて嫌だ!!」
 英雄の腕から力の抜けた瞬間に腕を振り払って背を向けて駆け出した。
「クレバス!」
 英雄が呼んでる。
 知るかあんなやつ。オレは構わず走り続けた。
 英雄は追ってこない。ああ、もう走れないんだ。足を怪我してたし。
 右腕の鋼糸が重い。
 くそ、重さなんかないはずなのに。
 絡みついた糸がまるで鎖のように思えた。
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