DTH
英雄に背を向けたオレに行く場所はなかった。
真夜中の公園のベンチに座ってぼうっとしてると、オレの前に誰かが立った。
アレクだ。
「手を出すナとは言われマシタが、見るなとは言われナカッタので」
アレクは少し困ったように笑って、黙ってオレの手を引くと、路地裏のアパートであったかいミルクを入れてくれた。
子供扱いなんかするなといいたかったのに出来なかった。
カップを手にとって、ミルクがあったかいと思った瞬間にぽたぽたと何かがミルクに落ちた。
波紋を作って吸い込まれるそれが涙だと気づくのにしばらくかかる。
オレ、泣いてるんだ。
なんで?
わからない。
でも、一度鼻をすすり上げたらもう止まらなかった。
ぼろぼろと涙が出てくる。
アレクが黙ってタオルを差し出した。遠慮なく顔を埋めると後から後から涙が沸いた。
オレはどこかで英雄が、喜ぶと思ってたんだ。
あんな顔をさせるためなんかじゃなかった、のに。
さっきの英雄の顔が浮かんだ。
振り返る英雄がスローモーションのようだった。その顔が笑ってないと知って、オレの顔からも笑みが消えていった。
背筋にぞっと冷気が駆け下りた。とりかえしのつかないことをしたと、直感的にそう思って。
「オレ、どうすればよかったんだろ…これから、どうすれば」
目の前で行われた惨劇が未来だと言われれば、それが正しいような気さえした。
タオルに顔を埋めながら言うオレに、アレクが答えた。
「どこにも、正解はありまセン」
オレは顔を上げた。
目の前に座っているアレクの顔をようやく見た気がする。
たぶん涙と鼻水でぐずぐずなオレをアレクは正面から見ていた。
「武器を手にスル。理由はさまざまデス。そのまま持つか、手放すか、自分で決めなケレバ」
少しムズカシイですねとアレクは言った。
「アレクはどうして…あんなに嫌ってた武器をもう一度持つ気に?」
「キミが」
アレクは控えめにオレを指差した。
「アブナイと、聞いたカラ」
オレはしばらくアレクを見ていた。
アレクは微笑を崩さなかった。
オレはアレクの言っている意味がわからなかった。
「…そんな理由で」
「僕には大事。トテモ」
胸を張って言えマスと言ってアレクが笑った。オレもつられてほんの少し顔が笑みらしき形を作った。筋肉が少し緩んだ気がする。
「理由なんてソンナモノ。デモ、それが大事」
アレクがオレの右腕を取った。鋼糸を器用に避けてオレの手に触れる。
「この右腕はきっと誰かを傷つけマス」
びくりとオレが硬直する。
「ソレデモ、きっと誰かを守ル。大事なのは、なんのために武器を持つのか、デス」
アレクの目は真っ直ぐにオレを見ていた。
「考えなサイ、クレバス。考えてからでなけレバ、これを使ってはイケナイ」
優しく厳しくそう言うと、アレクはオレから手袋を外した。
空気に触れた手がやたらと軽い。
「アレク」
ありがとう、と言おうとしたときに、ドアベルが鳴った。
アレクが黙って人差し指を唇に当てて、「ソコにいて」と言うとキッチンの仕切り扉を閉める。
オレはキッチンに取り残された。
「ハイハ〜い」
調子外れに答えながら玄関に向かうアレクの声がする。
扉が開く音。
「オヤ、英雄」
アレクのわざとらしい声に、どきりと心臓が鳴った。
英雄が来た!
「クレバスが、来てないか?」
英雄の声がする。
疲れのにじんだ声だった。心なしか息が荒い。
「サア。なぜ?」
長い沈黙。
「いや、…いい」
「待ちなサイ」
立ち去ろうとした英雄をアレクが捕まえたようだった。
そのまま隣の居間に英雄を連れ込んだらしい。物音と共に生々しい気配がした。
少し血の匂いもする。
「ソノ格好で街中を?」
アレクの呆れた声がした。
英雄は沈黙。
まさかあのままオレを探していたのか?
「包帯と簡単な服ならありマス」
英雄は答えようとしなかった。
「英雄」
三度目の沈黙。オレはじれて隙間から様子を伺うことにした。
目を細めてどうにかむこうが見える程度の隙間から見える英雄はなんだかとても小さかった。
「クレバスと、なにか?」
ぴくりと英雄は反応した。教師に現場を押さえられたいたずらっ子のようだった。
顔を上げて、なにか言おうとして、唇を噛み締めては黙る。
「あ…」
必死に、なにか言おうとしているようだった。
言おうとして、ためらって、また口を開いて。
アレクは、英雄の言葉を辛抱強く待った。
何度目かの逡巡のあと、ようやく英雄は話した。
「クレバスが、武器を…持って、て。驚いて」
英雄が指を組んで悩まし気に額に当てた。
「叱る、というより、責めてしまって」
深い深いため息が唇から漏れた。
「どうすれば…よかったんだろう。これから、どうすれば」
それは今さっきまでそこでオレが言ってた台詞だ。
英雄はそのまま深海に放り込めばどこまでも沈んでいきそうな勢いで落胆していた。
「してしまったことはどうしようもナイ、デショウ?」
アレクが突き放した。
「私に武器を渡したアナタがそんなことで悩むなんてネ」
「滑稽だよな」
英雄が皮肉な笑みを漏らした。
「イイエ」
アレクの言葉に英雄が笑みを消した。泣きそうな表情をして、唇を噛み締める。
「クレバスが、大事なんだ。だから…どうしていいのかわからない」
英雄の言葉に、頭が真っ白になった。
英雄を玄関から送り出してしばらくしてから、アレクはキッチンの仕切り扉を開けた。
「ドウでした?」
穏やかな笑顔でオレに聞く。
自分が泣いているのか笑っているのかわからない。でも気持ちはとてもあたたかい。心の奥から何かが沸いてくる気がした。
「英雄は…馬鹿だ。オレよりガキで、どうしようもなくって、でも」
アレクはオレの言葉を嬉しそうに聞いていた。
「だから、丁度いいのかもしれない」
そう言って、オレは英雄を追いかけた。
英雄は肩を落としきったまま歩いていた。撃たれた足を少しひきずるその姿は、どこにも帰る家のない迷子のようだった。飛びつこうかと思ったけど、いつ気づくのか試したくて、英雄が歩く後ろをそのスピードにあわせて歩く。
深夜の街に、ぴったり重なった二人分の足音が響いた。
やがて英雄が歩きながら言った。
「さっきは、ごめん」
そう言って振り向かないままオレに手を差し出す。
オレは黙ってその手を取った。
英雄が感触を確かめるように、静かに掌を握り締めた。
シンヤ達の行方とか、この先どうするのかとか、気にしなきゃいけないことはたくさんあるけど、今はこの手が大事だった。
小さく握り返して、家への道を歩く。
空には満月が輝いていた。
月明かりの道を歩きながら、きっと大丈夫だと思う。
繋がったぬくもりが心を満たす。英雄もそうならいいと思った。
第15話 END
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