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第16話 「そこにあるべき絆」

 最近出来たというそのお店は物凄くカンジがいいのだとマージは力説した。
「昼間はお花屋さんでね、夜はバーをやってるの。店員さんがクールでかっこいいのよ。センスもいいし」
「ふうん」
 一緒に行かない?と言いたそうなマージに、英雄が気のない返事をしてたのを覚えてる。
 まあ、花屋もバーも縁のない話だし、と思ってた。
 だから英雄と買い物に出かけたとき、そのお店を見つけたのは本当に偶然だった。
「あれ?あの店じゃない?マージが言ってたの」
 通りの角に花々があふれていた。アスファルトの色に花が良く映えてそこだけ別の空間を作り出してる。風に乗って、花の匂いがした。
 看板を見る。白に深いグリーンの文字で綴られた流美な書体。
”Green&Green”
 確かにマージの言ってた店だ。
「へえ、綺麗だな」
 英雄も足を止めた。
「マージになにか買って行こうよ」
 言いながら店内に入った途端になにかに躓いた。
 転んだオレを店員がキャッチする。
「ったく、走り回ってんじゃねえよ、ガキが…」
 花屋のグリーンのエプロンが毒づく。ごめんなさいと謝りながら、顔を上げた。
 顔を上げて―――――――オレはどうかしたんだろうか。
 無造作に縛った黒髪。忘れようもない鋭い三白眼。
 …目の前にダルジュがいるのはなんでだ。
「あ」
 ダルジュもオレだとわかって目を丸くした。
 オレが声を上げる前にダルジュが右手でオレの口を押さえ込む。
 左手の袖からナイフが滑り出てオレの首筋に当てられた。ひやりとしたその感触が夢ではないと告げる。
「騒いだら殺す」
 ダルジュは小声で凄んだが、花屋のエプロンのせいで緊張感がない。いや、ある意味怖い。
 どうにも収拾がつかなくてリアクションに困るオレの頭上で、英雄の呆れた声がした。
「ダルジュ?…なにやってるんだ?」
「う」
 ダルジュがオレ掴んだまま硬直した。一番見られたくない人間に見られた、といった雰囲気だ。
「おや、英雄。もう見つかったか。早いな」
 店の奥から蘭の鉢を抱えて出てきたのは、セレンだ。
「セレン」
 英雄の声をきっかけにダルジュが立ち上がった。
「だから俺は嫌だって言ったんだよ!こんな…」
 ダルジュの抗議をにこやかに受けながら、セレンは優雅に微笑んだ。
「いい店だろう?」
 主旨がズレてる。
 やってられるかと叫んでダルジュは奥に走り去った。
 呆然とするオレ達にセレンが「あの子は照れ屋でね」とフォローを入れる。
「夜になったらまた来るといい。面白いものが見られるから」
 はあ、と英雄がまぬけな返事をした。
 帰り道も、英雄はぼうっとしていた。心ここにあらずとばかりに機械的に歩いていく。試しに立ち寄ったコーヒーショップで塩を入れてみたけど、英雄は気づかなかった。
「…大丈夫かよ」
「うん」
 顔に表情がない。どこからつっこんでいいのかわからないくらいショックだったらしい。
 家に帰って、しばらく呆然として、それから英雄はようやく大声を上げた。
「なんだってあんな近所にいるんだ!しかも店!?」
 叫んだかと思えば頭を抱える。
「お前、夜も行くって言ってたぞ」
「ほんとに?」
 英雄が涙目でオレを見た。
「ほんとに」
 オレの返事に英雄は突っ伏して、しばらくなにも言わなかった。

 夜の”Green&Green”は昼間の雰囲気とは打って変わってシックな印象だった。控えめにライトアップされた看板をくぐると、花が両脇に飾られて道を作っている。昼間は間仕切りで仕切られていた奥がバーになっているらしい。カウンターといくつかのテーブル、大きなグランドピアノが置かれている。黒をベースに装飾された店内には数人の客が居た。うっすら灯っている照明はブルーで、黒と青の空間がどことなく深海を連想させる。
 カウンターの中にいたセレンがオレ達に気づいて手招きした。
 英雄がため息を吐いてカウンターに近づく。入り口付近の椅子に腰掛けた。
「おまかせでいいかな」
 バーテンダーの格好をしたセレンが言った。マージが太鼓判を押したのもわかる気がする。服そのものが恐ろしく似合っていたし、カクテルを作る仕草に女性は参るようだ。オレ達と同じくカウンターに座っている女性客の目がそう語ってる。
 英雄はそれを横目で見て、またため息をついた。マージのことを考えているのかもしれない。
 セレンがシェイカーにいくつかのリキュールを入れて、カクテルを作った。オレはカクテルを作るとこなんて映画くらいでしか見たことがない。セレンが手首を返してシェイカーを振る。ぱっと空中に投げたかと思うと後ろ手でそれを受け取り、そのままくるくると手のひらで回して、いつの間にかグラスに酒が注がれていた。手品みたいだ。見惚れた女性陣から英雄とは違った意味のため息が紡がれる。
 オレはよっぽど興味深そうに見ていたんだろう。
 出来上がったブルーベースのカクテルを英雄に渡しながら、セレンはオレに微笑んだ。
「面白かったか?」
 そう言ってオレにオレンジジュースを差し出しす。曲線を描くグラスのふちに、飾り切りされたオレンジがついている。セレンらしい洒落たジュースだった。
「すごい…手品みたい」
「魔法と言わないのが君らしいな」
 セレンが得意げに微笑んだ。
 ジュースの味もなんだか普段と違う気がする。
「あ、始まるわ」
 女性客の声に、振りむく。
 大型のグランドピアノに誰かが座っている。軽く音慣らしがされた後に、優雅な旋律が紡がれた。
「…誰がひいてるの?」
 照明が暗いせいで演奏者が見えない。
 英雄は知っているらしい。セレンを一度見てから、「見てくるといい」とオレの背中を押した。
 カウンターの椅子から飛び降りて、客の邪魔にならないようそっとピアノの裏側に回る。
 オレはピアノなんて全然わからないけど、ただ曲が綺麗だと思った。
 暗い空間の中でわずかな照明が白い鍵盤を照らしている。その上をすべるように動く指は、まるで別の生き物のようだった。指から、上質のスーツをまとった腕、肩、と見上げて顔に行き着く。いつも無造作に縛っている髪をきっちり撫で付けてはいるけれど、それは間違いなくダルジュだった。
 ダルジュはピアノを弾きながらオレを見た。
 面白くないというように一度小さく舌打をする。それでも演奏を止めようとはしない。
 オレは、目を丸くしながらカウンターに戻った。ピアノの演奏を聴きながら、無言のまま英雄の横に腰掛ける。
「ダルジュだったろ?」
 英雄が言った。やっぱり知ってたんだ。
「…なんで?」
 オレがオレンジジュースを見つめながら呟くと、英雄はセレンの作ったカクテルを飲みながら答えた。
「記憶」
「え?」
「前に言ったろう?組織はまず僕らの記憶を消す。それでも、断片的になにかを覚えていたりはするんだ。ダルジュの場合はそれがピアノだった」
 そう言えばセレンも前に言ってた。
 探し物をしてると。
 オレの肩に手をかけて、『これくらいかな』と。
 思い出してセレンを見ると、秘密だと言わんばかりに微笑んだ。
「英雄も?」
 グラスを傾けて英雄はオレを見た。
「僕は、なにも」
 嘘だと思う。テーブルにグラスを置いた英雄は明らかにオレを見ようとはしなかった。
 少し小首をかしげて、残り少なくなったカクテルを見つめる。
 なんか、変なの。
 ダルジュはいつだって英雄の邪魔をしていて、そのせいでハンズスだって傷ついて、なのに今、英雄はセレンの作ったカクテルを飲んで、ダルジュが弾いてるピアノに耳を傾けてる。
 オレの知らないなにかがあるんだ、きっと。
 それは形にならない何かで、だからこの空間があるんだとオレは思った。
「えいお」
 英雄の横顔が寂しそうだったから声をかけようとして呂律が回らないことに気づく。
 英雄が驚いたようにオレを見た。
 視界がぐるぐる回る。浮遊感がキモチイイ。
「クレバス…?」
 呼びかけながら、英雄がオレのジュースに目を向けた。一口飲んで、セレンに抗議の声を上げたところまでは覚えてる。
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