DTH
目を覚ますと、もう朝だった。
昨日どうやって帰ってきたのかまるで覚えてない。下に降りると、珍しく英雄が先に起きていた。
「おはよう、頭痛くない?大丈夫か?」
「ん、平気。…昨日って?」
「セレンが君のジュースに酒を入れてたんだ」
全く、と英雄はぼやきながらミルクをオレに渡した。
「あそこに一人で行っちゃダメだぞ」
なにをされるかわかったもんじゃない、と英雄は呟いた。
脅迫状に続いて、我が家に届いたのはビデオだった。
郵便受けに入っていた大きな封筒に驚いて、その感触にテープだとわかる。差出人の「ガイナスちゃん」の文字を見て叩き割りたい衝動に駆られた。
なんなんだ、あいつは。
むかむかしながら英雄にそれを渡す。英雄は、ひどく嫌そうな顔をした。
「…こないだのが、ガイナスか。待望の第3世代ね…」
そういえば英雄は今までろくにガイナスを見ていない。声で子供だとは知っているけど、と言いながら英雄は封筒を開けた。開けて、テープのラベルの文字を見てさらに嫌そうな顔をした。
オレが見る前にラベルの文字をはがすと、磁気テープを引っ張り出して、キッチンで燃やす。
あまりの早業に止める間もなかった。
「ガイナス、なんて?」
「別に」
絶対嘘だ。
「ちょっと出かけるから、留守番してて」
「英雄!」
さっさと出かけようとした英雄は、オレの声に足を止めた。
一度ため息をついて、それからぎこちなくオレを振り返る。
「ちゃんと帰ってくるから」
そう微笑んで、有無を言わさず英雄は出て行った。
流し台の燃えカスがいやな匂いをさせている。
英雄にまつわるテープなんて、オレはひとつしか知らない。
あんなに慌てて出て行くなんて、きっとオレの予想は当たってる。
―――――お父さんの。
英雄が有無を言わせず出て行くなんて、それだけ余裕がなかったってことだ。
燃えカスを集めて捨てようと外に出る。
「すっごい速さで出てったねぇ」
きゃはは、と笑う声がして目の前が真っ暗になった。
気がつくと、見知らぬ倉庫にいた。
頭が痛い。殴られたのか。
体を起こそうとして、首がやたら重いことに気づく。
丁度犬にするみたいな首輪がオレの首に巻かれて、そこから太く短い鎖が伸びていた。
1Mほど先の鉄柱にしっかりと鎖がはめ込まれてる。
頭を振りながら倉庫の中を見渡すと、なんだか…どこかで見た気がする。
どこだっけ?
でもこのアングルからじゃないような…。
「おっはよー」
からからと笑うガイナスの声がした。
倉庫に高く積まれたコンテナの上に座って面白そうにオレを見下ろす。
「お前…!」
「今日はねぇ、面白いもの用意したんだよ〜」
ガイナスが楽しそうに言った。
「まずは主役、先輩の登場です〜」
おどけながらガイナスが入り口を示すと、軋みながら倉庫の扉が開いた。
太陽の光を背で受けて、英雄が立っている。逆光のせいで表情がまるで見えない。
「クレバス!」
英雄はオレを見て驚いたようだ。そりゃそうだ。さっきまで一緒にいたんだから。
あっさり捕まった自分の馬鹿さ加減にうんざりする。
英雄はオレからガイナスに視線を移した。キッと視線が険しくなる。
胸から銃を抜いて、ガイナスに向けた。
「遊びが過ぎるな」
ガイナスがうっそりと笑う。強烈な悪意のこもった、嫌な笑みだ。
「やだぁ、怖いなぁ。せっかく先輩のためにいろいろ用意したのに。ね、懐かいでしょ、この場所」
言われた英雄が苦い顔をした。
オレはそれでようやく思い出した。
ここは…ビデオで見た、英雄がお父さんを殺した場所、だ。
「ビデオ、見ましたよぉ。あはは、面白かったあ。それでね」
今日はぁ、とガイナスは間延びした声で告げた。
「目の前でそれを見たいなぁって思ったんだ〜」
倉庫に沈黙が満ちた。
英雄もオレも言葉が出ない。
なにを言ってるんだこいつは?
呆然とする英雄を満足そうに眺めて、ガイナスは言った。
「じゃ〜ん、本日のメインゲストです〜」
指し示された先、倉庫の奥から、誰かの歩いてくる足音がした。
ひどく不規則なその音が近づく度に、英雄の顔色が悪くなっていった。あの日を思い出しているのかもしれない。
やがてコンテナの陰から、姿を現した人物を見て、英雄が絶望的な声を出した。
「ハンズス…」
オレも見ているものが信じられない。
そこにハンズスが立っていた。
いつもの凛とした雰囲気のかけらも残っていない。茫洋として、目のピントが合っていなかった。
ハンズスは、虚ろな瞳に英雄を映した。銃を持つ英雄を見ても、笑うことも叱ることもなく、ただ、無感動に映しただけだった。
「キャストはちょっと違うけどぉ、別にいいよねっ!」
ガイナスの無邪気な笑い声だけが倉庫に響いた。
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