DTH

 英雄は信じられないという瞳でハンズスを見ていた。
 ハンズスがゆっくり近づいて行っても、動こうともしない。
 ざり、とハンズスの革靴の音がする。
「嘘だ…」
 震える声で英雄が言った。
 ハンズスは答えない。その声が届いているのかすらも怪しかった。
「僕を、許すと言った。力になると…」
 すがるような表情で、英雄がハンズスを見た。後一押しあれば泣きそうな顔をしてる。
 また一歩、ハンズスが英雄に近づく。
「…嘘だ」
 英雄がきつく目を閉じて、顔を伏せた。現実を拒絶しているみたいだ。
 手を伸ばせば触れられる距離に近づいても、英雄は構えようとしなかった。
「ハンズス」
 肩を落として、力なくハンズスを見る。
 ハンズスは英雄の瞳を受けて、優しく微笑んだ。
 正気に戻ったのかと――――――オレは思った。
 英雄がどこかほっとした笑みを漏らした瞬間、ハンズスが英雄の喉にナイフを突き立てた。反射的に英雄が刃を銃身で受ける。
 体が勝手に動いただけだ。英雄は、驚いたような顔をしていた。
 そのままハンズスが空いた手で英雄を押し倒した。
 英雄が押されるままに倒れて、ハンズスがその上に襲い掛かる。
 英雄は防戦一方だった。
 ときにもつれるように転がりながら、上になればハンズスの名前を繰り返し叫んだ。その度にハンズスはナイフで英雄に答えた。英雄が銃身で受ける。
「あはは、結構やるんだ、あの人〜」
 ガイナスが感心したように言った。
「お前、いい加減にしろよ!」
 怒鳴るオレを軽蔑したように見て、ガイナスは言った。
「あ、そっか〜。ちゃんとリプレイしないとね。忘れるとこだった」
 ぽん、と手を打ちハンズスに声をかける。
 ハンズスは英雄から手を離して、ゆらりと立ち上がると、オレを見た。
「なっ」
 事態を察した英雄が起き上がった。
 自分の体が、凍り付いていくのがわかる。急に体温が下がったみたいだ。
「ビデオの再現。今度はどっちをとるかな〜」
 ころころとガイナスが笑った。
「ハンズス!」
 英雄が叫んでハンズスの肩を掴んだ。
 振り払われて、崩れる。
 ハンズスはゆっくりとオレに歩みよった。オレはといえば鎖が短すぎて逃げられない。
 絶望的な表情の英雄と、ハンズスの肩越しに目があう。言葉より長くなにかを話した気がした。
「銃は持ってますもんね、自分で決めてくださいよ」
 ガイナスが英雄に言った。
 ゆらり。
 英雄の瞳が揺れた。唇がわななくように何かを呟いている。
 オレはなんと言っていいのかわからない。
 ただ近づいてくるハンズスの無表情さがひどく哀しかった。
 いつだってそばに居て、いつだって守ってくれた。
 時に叱って、でも最後には許してくれる、あたたかい人。
 優しくて、強くて…
 英雄が祈るように銃を額につけて、それからハンズスに向けて構えた。
 今にも泣き出しそうな、ひどい顔。
 その引き金を引く必要なんかない。
 そんなにつらそうな顔をするなら、引かなくていいとオレは思った。
「ハンズス」
 オレの声にハンズスは無表情のままだった。
 ハンズスがゆっくりとオレの首に手をかける。
 体重をかけて首を絞めるために、オレに覆いかぶさるような格好になった。
 手の暖かさはいつものハンズスのものなのに。
 静かに目を伏せたとき、ハンズスが耳元に顔を寄せた。
「大丈夫、オレは正気だ」
 オレが目を見開くのと、英雄がガイナスに銃を向けるのは同時だった。
「なに!?」
 ガイナスが驚く。
 ハンズスは手早くオレの首輪を外した。
 オレを支えながらガイナスを睨み据える瞳は、いつものハンズスのものだ。
「馬鹿な、なんで薬が…!」 
 叫ぶガイナスの後ろに誰かが立った。銃口をガイナスに突きつける。
「手を出すなっつたろうが」
 舌打ちしながら忌々しそうに呟いたのは、ダルジュだ。
「なんでだ…?あいつが、薬をすり替えてくれたんだ」
 ハンズスが言った。
 ガイナスが面白くなさそうに舌打ちする。
「ど〜いうことですかぁ」
「どうもこうもあるか。勝手に人のビデオ持ち出しやがって、この馬鹿」
 ふうんとガイナスは曖昧に頷いて、英雄を面白そうに見た。
「そういうこと」
 に、と笑うその表情が不気味だ。
「ならもういいや〜」
 あきちゃったし、と言いながら伸びをしたガイナスの腕から銃が滑り出る。
 ガイナスが振り向き様ダルジュの腕に銃弾を見舞った。
「ぐ!」
 ダルジュがバランスを崩してコンテナから落ちる。
「て、めぇ…!」
 倉庫の床に倒れたままダルジュが吼えた。
 右腕に数発の弾を受けたらしい。見る間に白いシャツが赤く染め上げられる。
 あたりにぷんと血の匂いが立ち込めた。
「そうやって寝転がってるほうがお似合いですよぉ、先輩」
 ガイナスが笑いながらその横に飛び降りる。オレは呆然としたままそれを見ていた。
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