DTH

「こ、の…」
 ダルジュが呻いた。被弾した右手を無理矢理に動かそうとして痛みに顔をしかめつつも、食いしばる音が聞こえそうなくらい歯を噛み締める。
「クソガキがあッ!!!!」
 叫ぶと同時に右手が上がった。間違いなく引き金が引かれて、弾丸がガイナスめがけて飛んでいく。ガイナスはそれを見て、うっそりと笑った。
「ば…っ」
 英雄が飛んだ。馬鹿、と言いたかったらしい。
 ガイナスを抱えて、弾幕をよける。ダルジュは構わず英雄ごと追撃した。引き金を引きっぱなしにしてあらん限りの弾を注ぎ込む勢いだ。
「ちっ…」
 握力が足りないのか、追撃半ばでダルジュの腕から銃が零れ落ちた。
 そのままだらんと腕が下がる。肩でぜいぜいと息をしたままダルジュは英雄を睨み据えた。
 ガイナスをかばって身を伏せていた英雄が顔を上げる。
「なに考えてるんだ、まだ子ど…」
 英雄の抗議は途中で掻き消えた。
 こぽりと嫌な音がして、英雄の口から血が零れる。
「ほんと〜にあまいんだあ」
 自分の胸元で笑うガイナスを信じられないという表情で見る。ガイナスの手にはナイフが握られていて、先端は間違いなく英雄の胸に食い込んでいた。
 くすくす、と笑うガイナスを、英雄はただ見つめていた。
 時間が、止まったようだった。
「あははははあ!」
 ガイナスがあざ笑いながらナイフで英雄を切り裂いた。
 英雄が、コートをなびかせながら、ゆっくりと倒れる。
「英雄!!」
 ハンズスは転がったダルジュの銃を拾うと、ガイナスに向けて引き金を引いた。
 弾丸がガイナスの目先を掠める。
 笑っていたガイナスが、それを見て動きを止めた。
「英雄から離れろ!」
 ハンズスの声を聞いたガイナスは、視線をずらしてオレを睨んだ後にものすごく嫌な笑いをうかべた。
「いいよぉ」
 大袈裟なまでに両手を広げる。手にはナイフを持ったまま、だ。
「武器も放してあげる」
 そういうと、ナイフを持った指を解放した。刃先は下。そこにあるのは英雄の体、だ。
 見開いたオレの瞳に映る全てがスローモーションのようだった。
 ガイナスはオレを見てあざ笑ったまま、ナイフは落下していくまま、ただ英雄だけが動くことを許されたかのように、ガイナスの後ろに回りこんだ。
 ガイナスの細い首に英雄の左手が巻かれる。瞳が―――暗い。生気のない顔とは対照的に、右手がしなやかに動く。まるで撫でられるかのように右手を添えられたガイナスの頭が、オレと視線をあわせたまま奇妙に曲がる。
 折る気、だ。
「英雄!」
 オレの声に英雄がはっとした。その隙にガイナスが英雄の腕からすべりぬけて、距離をとる。
 首を押さえてぜいぜいと息をしながらガイナスが声を上げた。
「…っ、信じられない…!」
 英雄は自分の両手を凝視したまま動かなかった。
「根っからの殺人者じゃない!」
 その言葉にびくりと英雄が揺れた。
「お前」
 オレを見て言う。
「どうしてまだ生きてんの?」
 オレが答える前に、自分の不利を悟ったガイナスはコンテナの陰に隠れて姿を消した。
 気配が消えても、しばらく緊張感がその場を支配し続けた。

 解いたのは、英雄のため息だ。
「行ったようだな」
 そう呟いて口端の血を拭う。
「傷は?」
 駆け寄ったハンズスに英雄はコートを開いて見せた。
 コートは裂けていたが、傷なんかどこにもない。
「フェイクさ。大丈夫」
 そう言って、ダルジュのそばに歩み寄った。
 ダルジュは肩で息をしながら、英雄を見て皮肉な笑みを浮かべた。
「く、ざまぁねえな」
 英雄はダルジュに答えることなく、ハンズスに言った。
「ハンズス、看てやってくれ」
「な!」
 英雄の言葉にハンズスとダルジュが同時に驚く。
「お前、そいつは俺を撃ったんだぞ!」
 ハンズスが、かつてダルジュに撃たれた傷跡を押さえながら抗議した。
「知ってる」
「俺だってそんなクソ坊ちゃんに借りを作るなんざご免だ…!」
 ダルジュが呻いた。
 英雄はダルジュに「黙ってろ」と言うと、怪我をした腕を軽く蹴った。ダルジュが呻いた隙に、ハンズスに向き直る。
「頼む」
 英雄の真摯な瞳を受けて、ハンズスが息を呑んだ。
「…お前が、俺に頼むんだな」
「ああ」
 まだなにか言いたそうだったハンズスは、一度瞼を閉じてため息をつくとダルジュのそばに腰を下ろした。
「触んじゃねぇ…!」
 ダルジュが力なく威嚇する。
「うるさい、俺だってホントはご免だ!」
 言いながらハンズスがダルジュの腕をとる。
「出来るなら、元に戻してやってくれ。綺麗なピアノを弾ける手なんだ」
 英雄がオレの肩に手をかけながら座る。つられてオレもその場に座り込んだ。
 少し疲れたと言った英雄は、オレに軽くもたれて静かに目を閉じた。
 やがて聞こえ始めた小さな寝息が、ひどく場違いな気がした。


第16話 END
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