DTH

 大人しく隣に座ったオレを見て、英雄は微笑んだ。
「前に、話したことがあったね。記憶の話。攫われて、記憶を消される。ゼロになったところで一から教育。それでも断片的に覚えていることがあると」
「うん」
「それでも、君の周りにいるのでそれを受けたのは僕とダルジュくらいだ。セレンは自分の意思で組織に入ったからどこもいじられちゃいない。アレクは、脅迫で武器を持つはめになったわけだし。まあ、そんな風にしたのは僕なんだが」
 オレは英雄の言いたいことがいまいちわからない。
 なんの話がしたいんだ?
「ダルジュが覚えているのはピアノ、だった」
 英雄がオレの手に触れた。
 相変わらずひんやりしてるけど、さっきよりはあたたかい。
「…僕は、なにひとつ覚えていなかった。ダルジュが時折フラッシュバックで苦しむのを見ても、どうして自分にはそれがないのかが不思議だった」
 穏やかな声で英雄は告げた。
「組織にいたころ、自分のデータを見たことがある」
 く、と少しだけ力をこめてオレの手を握る。
 英雄は懐かしいなにかを回想するように目を細めて、頬を緩めた。
「思い出すわけがなかった。はじめからそこにいたのだから…赤ん坊の頃に親に売られてた。バカみたいに安い値段で」
 オレは驚いて英雄を見つめた。言葉が出ない。
 英雄は大丈夫と言うようにオレに微笑みかけて、続けた。
「だから、僕にとっての家族は、君達だけだ。帰る家も、ここだけ」
 それはオレも同じだ。
 帰る家は、もうここしかない。
 英雄のところにしか。
「だから、改めて誓うよ」
 英雄がオレに言った。あくまで穏やかに、でも決意をこめて。
「僕は君を守る。そしてもう誰も殺しはしない―――――――僕が僕であるために」
 見届けてくれるかい?と笑われて、オレは大きく頷いた。
「お前が嫌がってもそばにいる」
「そりゃ頼もしい」
 英雄が笑った。
 それから、ふ、と寂しげにオレを見て、オレの右手をそっととる。
「クレバス、だから武器は」
 持たないで欲しいと告げる英雄の声は寂しげで、否定を許さない強さを持っていた。
 うん、と言えばいいのかしれない。きっと英雄はそれを望んでる。
 でも。
 こないだみたいなことがあったら。
「死なない?」
 オレの問いに英雄が顔を上げた。
「なにがあっても、絶対に帰ってくるって約束できるか?でなきゃ、いやだ」
 英雄の顔にみるみる笑顔が広がっていった。
「ああ!絶対だ!」
 ぎゅうっと抱きしめられる。
 ごめん、英雄、嘘だ。
 武器は捨てない。絶対に。
 英雄がオレを守るなら、オレが、英雄を守るよ。
 そのためなら、英雄にだって嘘をつける…!
 自分の中にこんな感情があるなんて、少し驚いた。
 その感情は抱きしめる英雄のぬくもりとは違って、どこか冷たいうしろめたさも持っていた。

 アレクはオレの決意を聞いて少し寂しげに微笑んだ。
「そうデスカ」
 言って、オレに鋼糸と手袋を渡す。
「でも、ギリギリまでは使わない。…英雄が、守ると言ってくれたから」
「クレバスが決めたことなら、仕方ナイ、デス」
 アレクはオレの手をとって口付けた。
「幸運ヲ」
 なんだかくすぐったい。
 オレは照れながらもなんとか微笑み返したように思う。


 それからしばらく、ガイナスからの接触はなかった。
 気づけばダルジュは病院から消えていて(と言っても店に行けばいたんだけど)、ハンズスがそれを英雄に苦々しく伝えたのを漏れ聞いた。
 セレンは、セレンで相変わらずのようだった。たまに店に行くと、ふざけてオレと英雄にオムライスを出したりする。
 馴れ合いだと言われればそんな状態だと思う。でも、オレは結構楽しかった。
 このまま毎日が続けばいいと思った夜に、それは訪れた。
 
 
 ”Green&Green”からの帰り道、時間は真夜中に近くて、通りにはオレ達以外誰もいなかった。
 英雄はセレンの出した酒が強かったのか少し酔っていた。
 足取りは普通だけど、珍しく鼻歌なんかを歌ってる。なんだかうれしそうだった。
「おひっさしぶり〜」
 場違いなほどの明るい声が、通りに響く。
 瞬間、英雄の体にも緊張が走るのがわかった。
 満月を背に受けて、細く長い影を作るガイナスが、オレ達の眼前に立っていた。
「お前…!また!」
 いきり立つオレを英雄が手で制する。
「…なんの用だ」
 やだあ、ご挨拶ぅ、とガイナスがおどけて言った。
「ほらぁ、先輩にはダルジュさんっていういいパートナーがいたじゃないですかぁ。僕のパートナーも紹介したいなって思って〜」
 ガイナスがころころと笑う。
 そういえば、前に一度、英雄はそんなことを言っていた気がする。
 見上げると英雄が眉根を寄せた険しい顔をしていた。
「じゃ〜ん!僕のパートナーでぇす」
 ガイナスが身を引いた先に、少年が立っていた。
 オレより、少し背が高くて、…黒髪が夜風に揺れる、瞳に生気がない。
 でも、その顔を、オレは知ってる…!

『今度はお兄ちゃんって呼んでもいいんだぜ?』
 別れ際のあの笑顔、忘れるわけもない。
 
 英雄は愕然としたまま声も出ないようだった。
 満月を背に、悠然と立つ、その姿。なんの感情も抱かずにオレ達を見下ろす無機質な瞳。
「シンヤ…!」
 オレが驚きの声を上げても、シンヤは微動だにしなかった。


第17話 END
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