DTH
第18話 「コンビ」
気が合わないやつだと思ってた。
すぐに怒って、人の胸倉つかんで、由希子さんの前で猫かぶってて。
今…目の前にいるシンヤは、ころころ変わった表情が嘘みたいに無表情だ。
「シンヤ…」
冷たい視線がオレ達を見下ろす。
「お前、シンヤに何をしたんだ!」
ガイナスを怒鳴りつけると、小馬鹿にしたような眼でオレを見た。
「なんもぉ?あ、ひょっとしてこないだの天パーみたいに薬使ったかもって思ってる?それはないよぉ、ね?シンヤ」
くすくすと笑うガイナスに肩に叩かれて、シンヤは「ああ」と返事をした。
「俺は正気さ」
静かに掲げられた手に銃が握られている。
なんで…。
向けられた銃を見てもまだ信じられない。
なんで、シンヤが…?
引き金がひかれる瞬間に、英雄がオレを抱えて飛びのいた。
銃弾が乾いた音を立てて、通りに突き刺さる。アスファルトに小さな砂埃が舞った。
「英雄!」
移動した英雄がオレを抱えたままガイナスを睨みすえる。歯を食いしばるようにシンヤを見て、呻くように言った。
「由希子さんは…」
ガイナスが見越したかのような不敵な笑いを浮かべる。
「由希子さんは、どうした?」
シンヤの眉がぴくりと動いた。
ガイナスが腹を抱えて爆笑しだした。
「あはははは、なんで聞くの?本当はどうなったか、もうわかってるんでしょう?」
「ガイナス」
笑い続けるガイナスを一瞥して、シンヤがたしなめた。
ちぇっと呟いてガイナスが黙る。
「俺が殺した」
シンヤが冷淡に告げた。
英雄の腕が硬直するのがわかる。
『君が彼女を守るんだ』
英雄がそう言ってシンヤの胸を叩いた、あの光景が蘇る。
「うそ、だ。だってお前」
由希子さんがあんなに好きで。
好きで…
「シンヤ!」
叫んだオレの声は確かに届いたはずなのに、シンヤは瞬きすらしなかった。
代わりに呪詛が囁かれる。
「お前達のせいだ」
満月は気味が悪いほど輝いて、その前に立つシンヤも、どこか別世界の話のような気がした。
「お前達に関わったから、俺と母さんは…!」
シンヤの眼に、色がつく。赤く、激しい―――――――憎悪、だ。
「…シンヤ…」
英雄が低く呻いた。
「気安く呼ぶな」
シンヤがまた銃を構える。
英雄がオレを抱く手に力をこめた。
オレは、ただただシンヤを見ていた。
感情の色彩のとぼしい目。まるでシンヤらしくない。
でもその姿形はオレの知ってるシンヤそのもので、後ろの満月が大口を開けて笑ってるみたいに見えた。
ああこれは悪い夢なんだと。
だから早く目を覚まさなくちゃ…。
シンヤがオレと瞳をあわせたまま引き金を引いた。
オレを抱えてシンヤに背を向けた英雄の腕を弾丸が掠める。夜空に赤い飛沫が舞った。
「…っ」
英雄が息を呑むのが聞こえる。
それが夢なんかじゃないと知らしめた。
急速に現実感を取り戻したオレの視界、英雄の背中越しにシンヤが狙いを定めるのが見えた。
「やめ…!」
オレの声なんか無視してシンヤがモーションに入る。
引き金が引かれるかと思った瞬間に、シンヤの足元に銃弾が撃ち込まれた。シンヤが飛びのいて
こちらを睨む。
英雄の後ろ、オレ達をかばうように誰かが立ってる。
はじめセレンかと思った。つい今さっき店を出たばかりだから。
違う。
ラフなジーンズ。セレンが着るようなものじゃない。
まだ煙の流れる銃を持つ腕、いびつに刻み込むような残酷な笑み。ひくりと動くこめかみ。
夜風に流れる無造作にまとめられた黒髪。
「クソガキが」
忌々しそうに言う、その唇。
―――――――ダルジュ。
「…ダルジュ」
英雄が呟いた。
なんでダルジュが?
ガイナスが蔑むような目でダルジュを迎えた。
「先輩〜。生きてたんですかぁ?」
ダルジュが返事の代わりに返した銃弾を笑いながらかわす。
「よけてんじゃねぇ!!」
そのまま2発3発とダルジュは引き金を引き続けた。
「そのくらいにしろ、ダルジュ」
英雄がたしなめる。
「黙れ。どうせてめえは撃たねぇんだろが!」
ダルジュの声にガイナスが笑い声を上げた。
「いいなぁ、ホントに仲いいんだぁ。知ってますよう。先輩達コンビだったんでしょう?」
くすくすと楽しそうだ。
「今も仲いいんですよねぇ」
ガイナスの言葉に英雄を見る。
英雄はガイナスを睨んだまま、オレを見ようとはしなかった。
「ふざけろ」
ダルジュが吐き捨てた。
「だったら銃を向ける相手が違うんじゃありません?そのまま腕を下ろして頭でも撃っちゃえばいいのに」
ガイナスの声にダルジュが英雄を見下ろした。
英雄はガイナスだけを見てる。背を向けたまま、ダルジュを振り返ろうともしない。
ダルジュの腕がぴくりと動いた。
オレと、ダルジュの目があう。
声を出すことが出来なくて、英雄の服の袖をきつく握った。
英雄が、一瞬だけオレに視線を投げて、それからまたガイナスを見上げたとき、英雄の手には銃が握られていた。
銃口がぴったりとガイナスに向けられている。ガイナスはそれを見て口笛を吹いた。
「わあ、いいんですかぁ。ダルジュさんじゃなくて僕を狙って?頭撃たれちゃいますよ?」
「構わないさ」
英雄は涼しい声で答えた。
ダルジュが舌打して銃で狙いをつけた。
ガイナスに向けて。
ガイナスは自分に向けられたふたつの銃口を見て、至極満足そうに微笑んだ。
「やっぱり、いいなぁ。コンビって」
だから、ね?と言われた矢先にシンヤがどこにもいないことに気づく。
闇にまぎれたその体が突如としてダルジュに襲い掛かった。
「くっ!」
ダルジュは体勢を崩しながらもシンヤに向けて発砲した。
「馬鹿、撃つな!」
英雄があわててダルジュを押さえ込む。
銃弾はシンヤからそれて街灯に当たった。
「ふざけんな、お前…!」
ダルジュが怒鳴るのも構わずに英雄はシンヤを気遣った。
「シンヤ!?ケガは…」
少し身を引いたシンヤは、感情を交えない瞳で英雄を見た。
英雄とシンヤの視線が交差する。
英雄がなにか言おうとした時、ガイナスが手を叩く音が通りに響いた。
「はいは〜い。そこまで。今日はこれでいいよ。だいたいわかったしぃ」
その言葉を合図にシンヤが英雄を睨みながら身を引いた。その体がみるみるうちに夜の闇に溶けていく。
「シンヤ!」
英雄が叫ぶ。返事はどこからも返ってこなかった。
「あはは。そんながっかりしなくてもいいですよぉ。すぐにまた会えますし」
ガイナスがころころと笑った。
「今日はそれなりに収穫ありだし。ね?先輩」
どちらに言うともなくガイナスは告げ、そして夜の闇にまぎれて消えた行った。
英雄は死ぬほど苦い顔をしていた。
もっと苦い顔をしていたのは、相変わらず押さえ込まれたままのダルジュだ。
「てめぇ、いい加減に離せ!」
ダルジュの抗議にあわてて英雄が組み伏せていた手を離す。
「や、ごめん」
頭を掻きながら謝る英雄はいつもの英雄だった。
ダルジュが面白くなさそうに舌打ちする。
オレは…
『今も仲いいんですよねぇ』
ガイナスの笑い声が、まだ頭の中に響いている気がした。
Copyright 2005 mao hirose All rights reserved.