DTH
第19話 「策略と陰謀の会食」
オレにとって動物の思い出はろくなもんがない。
猫のジュリエッタに威嚇されたり、犬には追いかけられたり。だから、アレクの肩に乗る小さな子猫を見て一瞬びくついたのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。
通りを一本入った路地裏。アレクのアパートのそばで子猫と遊ぶアレクを見つけた。
「コネコ、かわいいデス」
アレクがうれしそうに頬を摺り寄せると、子猫は喉を鳴らして答えた。
本当にちっちゃい。
「なに?ネコ飼うことにしたの?」
イイエとアレクは答えた。
「ノラです」
言って手を伸ばすと、子猫がそこをとことこと渡って路地に降りた。不思議そうにオレを見てミイと鳴く。
「ちっちゃい…」
「抱いてあげるとイイデス」
「え、いいよ」
慌てて拒否するオレをアレクは不思議そうに見た。
長身をかがめて、子猫を抱くと、ハイと言ってオレに手渡す。
「うわ」
オレはめちゃくちゃ情けない声を出しながら子猫を受け取った。
ふわふわとして柔らかい。
力加減が全然わかんない。
それになんだかすごく和む。
子猫はじいっとオレを見て、それから前足でオレの頬に触れた。
「かわいい…」
「デショウ?」
アレクがにこにこと答えた。その声にはっとする。
「違!オレ、遊びに来たんじゃないんだよ。英雄の伝言があってさ」
オレの声に驚いた子猫は手から飛び降りてどこかへ行ってしまった。
アレクはそれを残念そうに見て、それからオレに向き直った。
「デンゴン?」
オレは英雄からの伝言をそのままアレクに伝えた。
英雄は、最近いろいろ決めたみたいだった。
たとえば、シンヤを取り戻すこと。
シンヤの運命が変わったのは僕のせいだと言っていた。
オレは、まだシンヤになにがあったのかわからない。ただ変わってしまったことだけが現実としてつきつけられて、感覚がついていかない。
いつか、シンヤの身に起きたことがわかる日が来るんだろうか。
そして英雄は、ダルジュに告げた。
自分につけ、と。
英雄があそこまではっきり言うのはものすごく珍しい気がした。
最後に、もうひとつ。
『組織を、潰す』
これまで逃げ一辺倒だった英雄が、初めて、攻める気になったようだった。
「となれば結束が欲しいな」
と英雄が呟いたのはうららかな午後だった気がする。
もうこいつ全然働く気がないみたいだった。日中ずっとソファに寝転がってなにかを考え込んでたと思ったらこれだ。また事務所にくもの巣が張ってるんじゃないだろうか。
「結束?」
「ほら、それぞれ協力者はいるけど…ハンズスや、アレク、ダルジュ…この際セレンも入れてもいいかな。横のつながりが全然なくてね」
そういえばそうだ。彼らはそれぞれ単体で英雄の助けになってた。でも全員が手を組んでってのはない気がする。
どうしようかなぁと英雄は伸びをした。
そこらへんにあった雑誌を適当に手に取る。そして名案だと叫んでオレに言った。
「クレバス、みんなで食事会をしよう」
円卓の中華なんかどうだ?面白そうだ!と言う英雄の姿を見ながら、オレは思った。
その食事…メシなんか喉を通らない気がするんだが。
かくして、それは英雄の独断と偏見により開かれることになった。
オレがあきれたのはその食事会への招き方だ。英雄はオレを使ってそれぞれに言付けた。
曰く、「たまには中華なんかどうだ?一緒に食事でも」。
他に誰がいますなんて言えるわけがないじゃないかと、英雄は涼しい顔で言ってのけた。
「だって、ほら、ダルジュはアレクとハンズスを撃ってる。ハンズスは刑事だから、そもそもセレンやダルジュにいい顔はしないしね。アレクはダルジュやセレンが嫌いだし…」
人間関係は最悪だ。聞いてるだけで頭痛がする。
高層ビルのてっぺんにその店はあった。
窓から夜景が煌いているのが見える。それが中華のカラーなのか、店の中は鮮やかな赤で統一されていた。柱に竜が巻きついてたりと細工が細かい。照明ひとつとっても、中華テイスト(仮に違ったとしてもオレには判断がつかない)でエキゾチックな印象の店だった。チャイナドレスをまとったウェイトレスが奥の席に案内する。窓際の一番良い席らしい。外壁がガラス張りで、街が一望できた。
6人分の椅子が円形テーブルの周りに均等に置かれてる。
「ほら、面白いだろう、クレバス。この円卓部分が回るんだよ」
英雄が言いながら、くるくるとテーブルの上についた円卓をまわす。
正直オレはそれどころじゃない。
これからのことを思うと胃が痛かった。
「6人?他に誰か来るのか?」
英雄に連れられてきたハンズスが不審そうな声を出した。
「ああ、会わせたい人がいてね」
「やっぱりマージも連れてきたほうがよかったんじゃないのか?」
ハンズスが少し残念そうに言った。ハンズスは食事の話を聞いてとてもよろこんで、マージも呼ぼうとした。もちろん、全力で止めた。
それでも当日連れてきかねないと、英雄がわざわざ迎えに行ってここまでひっぱってきたのだ。
不思議そうなハンズスをなだめて座らせる。
と、店の入り口からセレンとダルジュが現れたのが見えた。店員に案内され、席に来る。
夜景を見ていたハンズスがふと目を上げて、ダルジュを認めた瞬間に立ち上がった。
「お前…!」
「てめぇは!」
「おや」
セレンはハンズスを正面から見るのは初めてのようだった。ハンズスの全身を一目見てふうんと頷く。ちらりと英雄に視線を投げて、「こういう趣向か」と納得したようだ。
「座れ、ハンズス。彼らも今日のゲストだ」
「なんだと!」
英雄の言葉にハンズスが噛み付いた。
納得できないという顔でダルジュを睨む。
視線を受けたダルジュが舌打ちした。
「けっ、こういうことならオレは帰るぜ。馬鹿らしい…」
「なんだ、帰るのか?」
セレンが言いながらオレの横の椅子に手を伸ばす。
「座っても?」
相変わらずの優美な笑みだった。
「もちろん」
オレの返事を受けてセレンが座る。
「セレン!」ダルジュが抗議の声を上げた。
「面白そうじゃないか、ダルジュ。座るといい」
「ふざけ…」
ダルジュが尚も抗議しようとしたとき、セレンがダルジュを一瞥した。
「二度言わせるのかい?」
ぞっとするような冷気。
ダルジュは言いかけた言葉を無理矢理飲み込んで、乱暴に椅子に腰掛けた。
それを見たハンズスが苦々しい顔で座り込む。
英雄はそれを当たり前だと言わんばかりの表情で見ていた。
すでに食事の雰囲気じゃない。険悪ななにかが立ち込めていた。
ハンズス、英雄、オレ、セレン、ダルジュ…あとひとつ、椅子が余ってる。
「ようやく来たか」
英雄の言葉に顔を上げると、テーブルのそばに嫌悪感を剥き出しにしたアレクが立っていた。
Copyright 2005 mao hirose All rights reserved.