DTH

 アレクはいつも微笑みを絶やさなくて、穏やかな印象の人だ。
 それがここまで嫌悪感を表すのはすごく珍しいかもしれない。
 侮蔑に近いような視線の先に、セレンとダルジュがいた。
「久しぶりだな」
 セレンが笑ってみせる。
「もう少し喜んだらどうだ?パートナーと久々の再会だ」
 アレクが歯噛みした。死んでも会いたくなかったという表情だ。
「アレクはセレンのパートナーだったんだ」
 英雄が小声でオレに説明する。
「え?」
「もっぱら単独行動が多かったがな」
 セレンが後を引きついだ。
「英雄…これはどうイウ…?」
 アレクは構わずに英雄を睨んだ。
「食事をしようと伝えたはずだ。座ってくれ」
 アレクの全身を怒気が包んだ。テーブルが無ければ手を出しかねない勢いだ。
「アレク」
 声をかけると、アレクがオレを見てその表情を緩めた。
「お願い」
 オレは卑怯だ。アレクが断れないのを知ってる。
 アレクはオレを見て、とても困った顔をした。それから自分の心に折り合いをつけるように瞳を閉じて、きつく眉根をよせたまま、黙って腰掛ける。
「さて、ようやく揃ったな」
 英雄が何事もなかったかのように笑って言った。

 あらかじめ頼まれていた料理が次々に運ばれる。
 中華を選んだのは失敗だったんじゃないのかとオレは思った。円卓がちっとも回らない。
 英雄とセレン以外、誰も手をつけようともしなかった。場の空気が死ぬほど重い。
「とってやろうか?どれがいい?」
 セレンがオレに言って円卓を回す。
「あ、違…」
 それだけでセレンはオレの言いたいことを悟ったようだ。
 大袈裟にため息を吐いて、わざと皆に聞こえる声で嘆いてみせる。
「この空気じゃ食べにくいか。子供に気を使わせて。情けない」
 びきっと空気が割れた音がした。
「俺はちゃんと食ってるぞ」
 言いながらハンズスが初めて箸を手に取った。円卓の料理に手を伸ばす。
「イタダキマス」
 アレクも宣言して料理に手をつけた。
 横目でセレンを見ると、これでいいんだろうと言わんばかりの笑みで返された。
 気をつかってくれたんだ。ちょっとうれしい。
 相変わらず食べようとしないダルジュの皿をセレンがとって、適当に料理を盛り付けた。
「ダルジュ」
「いらねぇよ」
 そっぽを向いたダルジュが低く呻いた。
 セレンが足を踏んだらしい。
 ダルジュが涙目で睨んだ鼻先に、セレンが無言で皿を差し出す。
「食えばいいんだろ!」
 自棄になったダルジュがセレンから皿をひったくった。盛られた料理を掻きこもうとした手がぴたりと止まる。
「…なんで俺の嫌いなもんしかのってないんだ、セレン」
「手間をかけさせるからだ」
 セレンが鼻で笑って答えた。
 ダルジュが憮然とした顔で、フォークを突き刺す。
 ようやく少しだけ、場が和んだ気がした。

 円卓に載せられた料理の半分ほどを皆が平らげたところで、英雄がチャーハンをつぎながら誰に言うでもなく話し出した。
「実は皆に話しておきたいことがあって」
 言って視線を上げる。
 皆の顔を一巡りさせて、
「――――――――――」
 英雄は口を開けたまま動きを止めた。
「英雄?」
「静かに」
 言われて耳を澄ます。
 遠く…なにかの音がした。
 瞬間、アレクとダルジュの眉間に皺が寄った。
 セレンが気にも留めずに紹興酒に口をつける。
 ハンズスが不審そうに英雄を見た。
 キュンキュンキュンキュン。
 初め、かすかに聞こえたその音がだんだん近づいてくる。
 キュンキュンキュンキュン。
 ヘリの音だ、とわかってもなお、それは近づいてきた。
「店のチョイスを間違えたな。お前の失態だ」
 セレンが涼しげに言った。英雄が苦い顔をする。
 もう爆音に近い。機体がすぐそこまで近づいてるのがオレにもわかった。
 オレの正面に座っていたアレクと、ダルジュの視線が、オレを通り越して窓の向こうに向けられる。ゆっくりと、窓の外に機体が姿を現すのにあわせて、二人の顔が強張っていった。
「…英雄…」
 ハンズスが箸を持ったまま固まる。
「まずったな」
 英雄が言った。振り向かなくてもわかる。
 街を一望できる外壁の、ガラスを隔てたすぐそこにヘリが来てる。
「アパッチ…!」
 ダルジュが呻いた。
 異常を察した店内の客が逃げていく。
 キュンキュンキュンキュン。
 英雄がちらりとオレを見た。

 それがまるで合図のように、全てが始まった。

 英雄がオレを抱えて柱の影へとすべりこんだ。
 ほぼ同時に、ヘリの機関銃が轟音を響かせながら鉛弾を店内に撃ち込み始めた。ガラスが一斉に砕け散る。店内に強風が吹き荒れた。ダルジュが蹴り上げたテーブルはあっというまにただの木片になって、店内の壁という壁に次々と穴が開いていく。
 花瓶なんか爆発したんじゃないかと思うような砕け方をした。
 ヘリのモーター音と機関銃の音で鼓膜が破れそうだ。
「無事か!?」
 英雄が怒鳴った。
「誰に言ってやがる!」
 ダルジュの声がする。どこかの柱の影に逃げ込めたみたいだ。
「ハンズス!答えろ!」
「彼はダイジョウブ」
 答えたのはアレクだ。一緒にいるらしい。
 言ってる間にも斉射が続いて、オレ達が隠れている柱はみるみるスリムになっていった。
 遅かれ早かれ撃たれると思ったのは英雄も同じだったらしい。
 オレの頭を撫で、「まいるね」と一言呟いた。
「あと5分くらい遅く来てくれればよかったんだが」
「は?」
 ヘリの音でよく聞こえない。
 見上げるオレに英雄が微笑んだ。
「自分で情報をリークしたんだ。組織打倒の密談があるらしいと。これでみんな僕に協力せざるを得ないだろ?」
 初めから話し合う気などなかったらしい。開いた口がふさがらなかった。
「てめぇ、後で絶対殺す!」
 察したらしいダルジュの怒鳴り声がした。
 弾丸は、室内が荒野になりそうな勢いで打ち込まれ続けた。
「…セレンは?」
 ふと気づくとセレンがどこにもいない。
「ああ、セレンは」
 英雄が顎で示した先はオレ達がもと座っていた場所だ。
 見ているものが信じられないと思うのは、これで何度目だろう。
 廃墟と化した店内で、セレンは相変わらず涼しい顔で紹興酒のグラスを傾けていた。
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