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第20話 「遠き家路」

 夜中、なにかが聞こえて目が覚めた。
 寝ぼけながらも耳をすます。かすかなうめきが聞こえた気がした。
「ん…」
 全身に眠気がまとわりついてる。体がすごく重い。
 目をこすって、頭をふって無理矢理起き上がった。
「英雄…?」
 声をかけながら、英雄の部屋のドアをそっとあける。
 英雄は、ベッドに体を丸めてうずくまるようにして寝ていた。
 額に汗が滲んで、きつく眉根が寄せられてる。なんだか苦しそうだ。
「英雄」
 体をゆすると、英雄ははっとしたように目を覚ました。
「クレ、バス…?」
「すごくうなされてたぞ。大丈夫か?」
 英雄はしばらくぼうっとオレを見ていた。まだ夢現をさまよっているようだ。
「あ…あ、ひどい、夢を」
 深く長いため息を英雄がついた。
 少し落ち着いたみたいだ。
「もう大丈夫だな?よかった。じゃ、おやすみ」
 立ち上がって出て行こうとすると「クレバス」と手を引かれた。
「このまま一緒に寝よう」
 オレが断る前に英雄は、
「寝てくれ」
 と言い直した。
「怖い夢を見たから?」
「うん」
「…しょうがねーな」
 英雄のベッドに寝転ぶと、英雄が腕枕をしてくれた。ベッドには英雄の眠気がたっぷり満ちていた。まだ少し苦しそうな呼吸をしながら、英雄がオレの頭を撫でる。
「君は、僕にとって懐中電灯のようなものだな」
「何?」
「道を間違えないように。光を失わないように」
「…もっとマシな例えないのかよ…」
「どうして、大事さ。失くしたら暗闇で彷徨う羽目になる」
 ろくな例えじゃないと思うのに、寝転んだら、急に眠くて仕方がなかった。あっという間に夢の中に引きずり込まれる。
 真っ暗な洞窟の中、進む英雄のランプになる夢を見た。
 しょせん、オレも同レベルなんだと激しい自己嫌悪に陥ったのは、英雄には内緒だ。


 マージは嬉しそうに英雄と腕を組んだ。
「今日は一日エスコートしますよ、お姫様」
 半ばあきらめたように英雄が言う。空は雲ひとつなく澄んだ青空で、人通りの多い通りを、器用に人並みを避けながら歩いていた。オレはその少し後ろをハンズスと歩いてる。
「私を除け者にした罰よ。ずるいわ、こっそりご飯食べに行くなんて」
 ぷりぷりとマージが怒る。ハンズスを見上げると、顔が全力で謝っていた。ぺろっと喋ってしまったらしい。
「男同士の大事な話があってね」
 英雄がさらっと流した。
「ふーん」
 マージが試すような視線を英雄に送る。
 英雄が微笑みながら見返すと、マージが慌てて目をそらした。心なしか顔が赤い。
 横からハンズスの小さなため息が聞こえた。

 夕食は私が作るから、その材料を買いに行きましょとマージは言って、英雄ではなくオレの手をとって歩き始めた。るんるんと歩くマージの後ろを、英雄とハンズスがなにか話しながらついてくる。マージの手は英雄と違って柔らかくってあたたかくて、やっぱりどこかいい匂いがした。
「夕飯なんにしよっか」
「マージの得意なのでいいよ」
「クレバス君も一緒に作ろうよ。英雄達にも手伝わせちゃお」
 それはやめたほうがいいと、マージの誕生日の食事の用意でいかにオレが苦労したかを話すと、マージは面白そうにころころと笑った。
 本当に楽しそうで、だからオレはそれがすごく嬉しかった。
 
 交差点に差し掛かって、立ち止まる。
 マージから、前方の景色に目を向けた。
 行きかう車の間、通りの向こうの信号待ちの人ごみの中に、黒髪の少年がいた。背丈の高い大人の中、いやに目立つ。
 ――――――シンヤ。
 シンヤは感情のない瞳でオレ達を見ていた。
「あら、あの子英雄に似てない?」
 マージが気づいたらしい。
 オレは言葉が出ない。ただずっとシンヤを見ていた。
 信号が変わる。青になった。
 一斉に歩き出す人波。
 シンヤが歩き出した。
 オレもマージに引っ張られるようにして、歩き始める。
「どこかで、見たことがあるような…」
 マージが呟く。
 シンヤとの距離が縮まる。
 英雄は…
 オレがぎこちなく振り返ると、英雄は交差点の向こうでまだハンズスと話してた。
「英雄!」
 オレの声に英雄が振り向く。笑顔だったその顔が見る見る凍りつく。
 英雄が駆け出したのと、マージが声をかけたのは同時だった。
「ああ!もしかして、伸也君?私、覚えてるかな?マージ…」
「シンヤ!」
 シンヤがナイフで切りつける瞬間、英雄がマージの前に身を滑り込ませた。
 かばうようにその刃を体で受ける。
 周りの人ごみから悲鳴が上がった。
 英雄が膝をつく。肩が少し切れたみたいだった。
 それでも捕まえようと手を伸ばすと、シンヤは身を翻して走り出した。
「待て!」
 英雄が追おうとした。
「英雄!」
 マージが叫んだ。
 英雄が振り向く。
 マージの瞳が、言葉にならないたくさんのことを訴えかけいていた。
 心配と疑問が入り混じった瞳の色。
 英雄は苦しそうに目を細めると、ハンズスを見て「後を頼む」とだけ告げ、シンヤを追いかけていった。
「大丈夫か、マージ」
 ハンズスがマージの肩に手をかけながら通りの向こうに渡らせるのを見ながら、オレも英雄の後に続こうとした。そっと向きを変えると、
「クレバス、君はここにいるんだ」
 見越したハンズスに止められた。
「でも…!」
 反論しようとして、マージの顔色がひどく悪いのに気づいた。
 色のない唇。目が、オレまでどこへ行くのかと訴えかけているようだった。
 すごく悪いことをしてるみたいだ。
「…英雄が、心配だっただけだよ」
 だから、と言おうとして、言い訳を重ねることがもう出来なかった。
 オレを見たままのマージの瞳から涙が零れた。
 静かに瞼を伏せて、ただ悲しむ姿を見て、詰め寄られたほうがマシなことがあるんだと初めて知った。
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