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第21話 「英雄のレプリカ」

 英雄は、シンヤを追いかけた後になにがあったのか一度も言わなかった。
 聞いても「別に」と言ったままだ。
「追いつけなかったよ」
「嘘つけ」
 オレが腰に手をあてると、苦笑してみせた。
「傷がね」
 そう言って自分の肩を指し示す。
「浅いんだよね」
「は?」
 英雄はオレに向き直った。
 居間のソファがきしりと音を立てる。
「あの場所も襲撃に適してるとは言いがたい。素人の域を出ないんだ」
 つまり良くも悪くも組織に染まってないんだよシンヤは―――――と英雄が言った。
 どこか、嬉しそうでもあったように思う。

 マージはあの後、どうしたんだろう。夜中にハンズスから電話がかかってきたのを知ってる。
 物凄い勢いで説教をくらったらしい英雄は「だって危ないじゃないか」とか英雄なりの理由を告げていたけれど、最後まで謝ることはなかった。
「僕のそばにいると危ないと、シンヤが教えてくれたろう?」
 悪びれることなく言って、
「おそらく次は…」
 オレが後ろに立っているのに気づいたらしい、振り返ってちらりとオレを見た。
 
 英雄の秘密主義は今に始まったことじゃないけど、なんだかもやもやする。
 マージには、言えないんじゃなくて言いたくないんだろう、多分。組織のことを話すなら、自然マージのお父さんのことにも話が及ぶ。それ自体が嫌なんだろうとは思うけど、でも、だからってマージから離れようとするのは間違ってる気がする。
 ぐるぐる考えてるせいで、力を入れすぎたのかシャーペンの芯がぽきりと折れた。
 学校なんて、来てる場合じゃない気もするんだけど。
 英雄はなんでだか学校をサボるのには賛成しなかった。
 いつだって律儀にオレを送り出す。
 自分は仕事をサボってるんじゃないのかと、ちょっと疑ってる。
 
 学校の帰り道、いつかアレクと戯れていた子猫を見つけた。
「あ」
 子猫はオレを見ると、くるりと背を向けて走り出した。なんだ、嫌われたのか。
 がっくりしながら、子猫の通った後を歩き出す。
 とことこと、子猫が進む。進んだ先に、子猫を抱き上げる手があった。
「なんだ、お前、ミルクならさっきやったろう」
 言いながら抱き上げるその手、オレと同じくらいの身長。黒髪がさらりと揺れた。
「…シンヤ…」
 オレが呟くと、シンヤが顔を上げた。シンヤの腕の中で子猫がミイと声を上げる。
「クレバスか」
 瞳は相変わらず無機質だけど、いつもの棘がなかった。
 オレ達は微妙な距離を保ったまま、話をした。
「…まだ、あいつのそばにいるのか」
 シンヤが言いながら子猫の喉をくすぐった。子猫が喉を鳴らす。
「殺されるぞ」
 シンヤが静かに言った。
「あいつは、お前が思ってるような人間じゃない。とんでもないエゴイストだ」
「なにが、あったんだ?」
 シンヤが黙って子猫を手放した。
「お前に、なにがあったんだ?」
 シンヤがじっと、対面からオレを見た。
 黒い髪に黒い瞳。本当に…英雄によく似てる。
「そうか…」
 シンヤが口を開いた。
「あいつは、お前になにも言ってないんだな…」
 納得したような言い方だった。オレはシンヤがなにを言ってるのか…わからない。
「英雄が…?」
 かすかに…シンヤが笑った気がした。
 オレの前で一瞬刻まれた笑みがすうっと消えていく。
 シンヤがオレに向き直った。
「あいつから離れろ、クレバス」
「なんでだよ」
「お前のためだ」
「な…」
 オレが口を開いたとき、あの耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「や〜だ、シンヤ、立ち話ぃ?」
 ひょっこり現れたのは、ガイナスだった。
「ガイナス…!」 
 ガイナスはオレを見るとむう、とふくれて見せた。
「こんなヤツに構ってたのぉ?」
 そう言いながらくすくすとオレを見て笑う。
 シンヤが「行くぞ」とガイナスを促して、ぽつりと言った。
「マージさんに、手荒なことをしてすまなかったと伝えてくれ」
 オレはなにがなんだかわからずに、ただその後姿を見送った。


「別になにも隠しちゃいないよ」と英雄がほざいたのは、これまでの経験を踏まえればごくごく当たり前のことだったと思う。それでオレがブチ切れたのも、いわゆる「お約束」の範疇だろう。違ったのは英雄の口の堅さくらいだ。
「だから本当に知らないってば」
「嘘だ、シンヤが言ってたぞ!」
「僕より、シンヤを信じるのかい?」
「話題をそらすなよ。ずるいぞ」
 英雄がやれやれという風情でため息をついた。
「君の、その気性が激しいのはなんでだろうね」
 言いながら、よっと声をかけて立ち上がる。
「シンヤ、か」
 言いながらシンヤから受けた肩の傷をさすった。
 それからおもむろにオレを振り向くと、言った。
「実は招待状をもらってる。一緒にいくかい?」
 当たり前だと、オレは頷いた。
 そんなオレを英雄は見ていて、それから、少し逡巡した後に聞いた。
「クレバスは」
 言いかけて、やめる。
「なんだよ?」
 オレが聞き返すと、困ったような顔をした。
「こないだ、マージが言った言葉の意味がわかるかい?」
 オレは目を丸くしたはずだ。
 マージが言った言葉って、

『家族は、そうやって辞められるものじゃないの。あなたが、そう、思わなくても』
『あそこは、あなたの家だし、私は、あなたの家族だわ。…帰ってきて。いつでも』

「あの言葉…?」
 オレの言葉に英雄は頷いた。
「わからない、のか?」
「表面では理解できてる。感覚的には…わからない、な」
 そう言って肩をすくめた。
 英雄はオレの顔を見て、なにかを悟ったようだった。
「言葉で解説できるようなものじゃない?」
「多分…」
「そうか」
 英雄は呟いて自分の胸を見つめた。
「足りないんだな、いつまでも」
 まるでそこに穴が開いているかのように。
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