英雄が向かったのは、営業終了後のショッピングモールの地下駐車場だった。クリーム色のコンクリート壁が薄明かりに浮かんでる。出口を示す電灯は電池が切れかかって点滅してた。
いくつかの車は止まってるけど、まるで人気がない。
静けさが不気味だった。
英雄はいつものコートのを纏ったいでたちで、大儀そうに立っていた。
足音が響いて、ゆっくりとシンヤが現れた。
「シンヤ」
英雄の言葉に眉をしかめる。
英雄の後ろにいるオレを見て、さらに険しい顔をした。
「離れろと言ったのに」
「余計なお世話だ」
言ったのは英雄だ。シンヤがきつく英雄を睨みすえる。
「あんた、随分ひどい人間だな」
英雄は黙ってそれを受けた。
「君になにがあったのかは察しがつく」
「知ってる、の間違いだろう」
シンヤの言葉に、英雄が揺れた。
「…由希子さんは、気の毒だったと思う」
そう言って、目を伏せた。
「気の毒…?オレと引き裂かれて、オレに殺された母さんが、気の毒…?」
顔が瞬く間に怒りに染まる。
「あんたは知ってるんだろう!?オレがなにをされたか!毎日毎日組織の訓練だ!拒否をすれば殴られて、嫌でも技術を叩き込まれた!挙句の仕上げ、オレに催眠をかけて!オレは母さんを…!」
シンヤが叫んだ。
「母さんを、殺した…」
わななくようにその手を見る。
英雄はその様子をじっと見ていた。
「だから、僕はここに来た。君を助けるために」
「お前…!」
言うが早いかシンヤがナイフを引き抜いて英雄に切りかかった。
英雄が、体をそらしてそれを避ける。
「お前のせいだ!」
シンヤの追撃を、英雄は余裕で避けた。
力の差は、歴然だった。
英雄はまるで本気を出さずに、シンヤの刃を避け続けた。
「くっ!」
シンヤがくやしそうに歯噛みした。
「…そんな技術で…」
英雄が呻く。
「そんなにわか仕込みの技術で、僕を殺せるものか!」
英雄がシンヤを壁に押し付けた。
そのままシンヤの襟首を交差させて締め上げる。
暴れるシンヤのナイフが英雄の頬をかすめても、英雄は力を緩めようとはしなかった。
英雄はシンヤの目を真正面から見据えて叫んだ。
「恨めばいい。憎めばいい。だけど僕は君を、あそこに置き去りにはしない…!絶対だ!」
シンヤの瞳が憎しみをたたえたまま、苦しそうに細められた。
「君は間に合う、まだ帰ってこれる。僕のようにはなるな…!」
英雄が言いながら力をこめた。
もうすぐ落ちる…!
「やだぁ、ひっどーい」
声がしたかと思うと、ガイナスが天井付近のパイプから飛び降りてきた。
正確に、英雄とシンヤの間に滑り込む。
英雄が悔しそうにシンヤから手を離して飛びのいた。ちぃっと珍しく舌打ちする。
解放されて、咳き込むシンヤにガイナスが言った。
「大丈夫ぅ?かわいそうに〜。殺されるとこだったね?」
「なに言ってんだ!英雄は…!」
反論しようとして息を呑む。シンヤの目が、それを受け付けなかった。
強い強い憎しみの色。
真っ黒に塗りつぶされた瞳に足がすくんだ。
「シンヤ…!」
オレの声を聞いたガイナスがうっそりと笑った。
「やっぱりシンヤ、先輩にそっくり」
確かに、シンヤはいつかビデオで見た英雄そのままだった。あれより少し幼い、違いはそれだけで。黒髪も、瞳も、かつての英雄にそっくりだった。今も時を遡る鏡を見ているようだ。
シンヤのショートの黒髪が風になびく。
「そうだ、先輩に教えてあげなきゃ」
ガイナスの唇が歪んだ。見下げるような悪意のこもった笑みを英雄に向ける。
「胸の傷」
ぽつりと囁かれた言葉に英雄が目を見開いた。
「先輩が胸に爆弾を抱えてるから」
ガイナスが自分の胸を押さえた。
「僕らも爆弾つけちゃいましたぁ」
すごく楽しそうにガイナスが笑った。
「ばく、だん…?」
オレが聞くと英雄が答えた。
「僕はそんなの抱えちゃいない。ただの比喩だ。けど、あっちのは…」
言ってガイナスを睨む。
シンヤがゆっくりとTシャツをめくって胸の手術跡を見せた。
アレクに刺青があった場所に、同じような数字の刺青が見えた。
その、すぐ上に走る傷が生々しい。
「俺の心臓が止まれば爆破される」
「コントローラーで遠隔操作されてもねっ」
シンヤの説明をガイナスが補足した。
英雄がゆっくりと歯を食いしばった。ぎり、と音が聞こえた気がする。
「シンヤを助ける?なに言ってんの」
くすくすとガイナスが笑った。
目の前が暗くなる。
「お前になんか助けられたくない」
シンヤの声が遠く響いた。
英雄は、ただ胸の傷を押さえてそれを聞いていた。
『先輩が胸に爆弾を抱えているから』
それは比喩だと英雄は言った。
じゃあ、英雄が胸に抱えてるものってなんだ…?
第21話 END