DTH
第22話 「G&Gでの優雅なる1日?」
今日は用事があるからそこにいるといいと、英雄がオレを降ろした場所は”Green&Green”だった。呆然とするオレをよそに車を発進させる。
オレはまだ開店前の店の前に放り出された。
「今のエンジン音、英雄じゃねーのか」
言いながらシャッターが開く。眠そうなダルジュと目があった。
「…なにやってんだ、お前」
オレが聞きたい、とすごく思った。
「なんだ、英雄に干されたのか」
店の奥に通されると、セレンが笑いながら朝食の支度をしていた。
「みたい」
カウンターに座って、出されたトーストにかじりつく。
ダルジュがため息をつきながらその横に腰掛けた。
「昨日、ガイナス達と一戦交えたらしいな。どうだった?」
「ん、なんか…」
オレはセレン達に昨日の話をした。
その前のマージとのことも。
「爆弾ねぇ、過激なことだ」
「くそガキが。望みどおり吹っ飛ばしてやる」
感想は真っ二つに割れた。らしいというかなんというか。
「英雄、ショックだったみたいだ」
「まあ、拒絶の証としてそれに勝るものはないだろうな」
セレンが同意した。
「けっ、あいつは甘いんだよ」
ダルジュが毒づく。
「そういうことなら、今日はここでゆっくりするといい。いずれ英雄が迎えに来るんだろう?」
セレンはそう言って、エプロンを投げて寄越した。
「私も用事があってね。昼間の店はダルジュにまかせるよ。手伝ってやってくれ」
「聞いてねぇぞ、おい…!」
ダルジュの罵倒を片手であしらいながら、セレンは出て行った。
「クソ!」
ダルジュがカウンターを蹴る。派手な音がしたけど、カウンターはへこまなかった。案外丈夫に出来てるみたいだ。
ダルジュがゆっくりとオレを見る。
見て、それから深いため息をついた。
「ちょろちょろして、邪魔しやがったらブッ殺す」
忠告はシンプルイズベスト。わかりやすかった。
ダルジュはオレに手伝わせる気がないみたいだった。
そのままエプロンをして店頭に出る。鉢の様子を見たり、仕入れた切花の長さをそろえたり、変色した葉をとって形を整えたりとマメに働いてた。口で言うほどいやじゃないみたいだ。
花屋の中はすこし暑くて、花の匂いが立ち込めていた。湿気が多いのかな。甘くてくらくらする。
ドアを開けて、通りにもいくつかの鉢を置く。木製の小さなテーブルの上に、やっぱり小さな黒板が載っていて「OPEN」の文字が書かれていた。なんだかかわいい。
ギャップに噴出しそうになって、慌てて思いとどまる。
ダルジュが三白眼でじろりとオレを睨んだ。
ぱたぱたと店の前を往復するその人に気づいたのは、ダルジュが先だった。
「なんだあいつ、さっきから」
見れば、どこか品の良い服を着たマージくらいの年の子が、長い金髪をなびかせながら小走りに走っていた。ロングスカートが風にふわふわ揺れる。ぴたっと立ち止まっては、手に持った紙を見て、あたりを見回しては困り果てた顔をしてまた戻っていく。大きな瞳が印象的だった。
「道に迷ったんじゃねーの」
「単なる馬鹿か」
ちっとダルジュは舌打ちして、気にしないことにしたようだ。
店の外をぱたぱたと走る音がする。立ち止まって、また踵を返して。
オレが数えだしてから10往復目に入ろうとする頃にダルジュがキレた。
「うるせーな、なにやってんださっきから!」
ダルジュに怒鳴られた女性はびくりと立ち止まった。大きな瞳が怯えてる。
「すす、すみません!み、道に迷ってしまって」
「ち、トロイ奴」
女性の手からダルジュが地図をひったくった。
地図も読めないなんてバッカじゃねーのかといいかけた唇が途中で止まる。
眉間にみるみる皺がよった。
後ろからそっと見上げて覗いた地図は、十字がひとつかかれていた。右上のマスに赤印で「ここ!」と主張されてる。だけ、だった。通り名もなにもあったもんじゃない。
ダルジュの血管がキレた音が聞こえた気がした。
「叔母様の家に行こうとしたんです。それで、お父様から地図をいただいたのですが…」
おろおろしながらその人は説明した。
「あんたの親父はイカレてるな」
言いながらダルジュが忌々しそうに地図を眺める。
「だいたい、この通りがここだって保障はあんのかよ?叔母とやらの住所は?」
「わかりません」
女性が涙目になった。マージよりもっと年下かもしれない。ダルジュの口調にも怯えているみた
いだった。
「つきあってらんねーな」
ダルジュが押し付けるように地図を返した。
「あの、」
女性が声をかける。ダルジュは構いもせずに背を向けた。
「手伝いなんかしねーぜ」
「違います、その。申し訳ないんですが…」
女性がもじもじとしながら、ダルジュを見て、言った。
「帰り道だけでも、教えていただけないでしょうか…?」
ゆっくりダルジュを見上げる。
ひくひくと動くこめかみを見ながら、人ってあんまりキレると笑うんだなとちょっと思った。
女性はカトレシアと名乗った。年は16。マージより全然年下だった。ほわわんとした、どこか放っておけない雰囲気のある人だ。
幸いにして自分の住所は言えるようだ。これで言えなかったらと思うと恐ろしい。
ダルジュは初め駅までの道だけを教えたが、「わかりました!」と元気よく言ったカトレシアが意気揚々と反対方向に進むのを見て、その襟首を掴んだ。
「ちょっと待ってろ」というと、エプロンを投げて店を閉める。お前も来いと引っ張られて車に乗せられた。いつかのワゴン。あんまりいい思い出はないんだけど。
「お優しい方なんですね」
言われたダルジュのこめかみがまたひくりと動く。どうも彼女の言動は一言一句、ダルジュの地雷を踏むように出来ているらしい。
カトレシアはちょっと高級目の住宅街に住んでいた。通りで服装もどこか違うと思った。
彼女のナビを全く無視して、ダルジュは言われた住所にたどり着いた。実際カトレシアの指示に従っていたら、辿りつけていたのかすら怪しい。
自宅の前で車を止めた。
「ここでいいんだな」
「はい、ありがとうございます」
是非お茶でも、とカトレシアはダルジュを誘った。
「断る」
「そんなこと言わずに…」
「さっさとドアから手を離せ。アクセル踏んじまうぜ?」
カトレシアは残念そうにドアから手を離した。そのわずかな間をなにかがすべりこんで入ってくる。銀色の、ふさふさした――――――――
「うわ!」
あっという間にそれが運転席のダルジュにのしかかった。
オレは正直ダルジュがやられたと思った。
けど、違う。
ぱたぱたとオレの前で振られている、これは尻尾?
そう認識すると、そいつの全容が見えてきた。犬、だ。馬鹿でっかい。
「こら、ジャック、ダメじゃない」
カトレシアが怒るとジャックと呼ばれた犬は嬉しそうに返事をした。
涎まみれになったダルジュがブチ切れたのは、仕方ないといえば仕方ない気もする。
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