とても大くてふさふさした毛を持つシベリアンハスキーのジャックは、いたくダルジュが気に入ったようだった。くるくるとまとわりついて離れない。オレから見れば、目が鋭くて大分怖い犬だ。
ジャックに気圧される形で、涎を拭くタオルを借りるためにしぶしぶと立ち寄ったダルジュは、出された紅茶を一気飲みしてカップを叩きつけるように置いた。
「これで満足だな?」
「素敵な飲みっぷりですね」
にこにことカトレシアが答える。
「帰るゾ」
不快そうに立ち上がるダルジュに、「少しお待ちを」と言ってカトレシアが出て行った。
ダルジュが待ってるわけもなく、玄関から出る。オレはクッキーをかじりながらそれに続いた。
置いていかれでもしたら大変だ。
「ダルジュさん!」
車に乗り込もうとしたダルジュにカトレシアが駆け寄った。
「庭の花です。綺麗に咲いていたので、お礼に」
小さな花束をダルジュに差し出した。
ダルジュが無言でそれを見つめる。
あんまり長いことそうしていたから、カトレシアが不安になったらしい。
「ダルジュさん…?」
伺うように小首をかしげる。ダルジュが、ため息をついた。
「…あんた、気づかなかったのか?俺は花屋だ」
面倒そうに頭を掻く。
「え…っ」
カトレシアが絶句した。
「あ、そ、そうでしたか。すみません、本職の方に失礼ですよね」
真っ赤になっていくカトレシアから、ダルジュが花束をひったくった。
「ダルジュさん!」
「花は花だろ」
貰ってくよ、と言ってワゴンに乗り込む。オレを一瞥すると、不愉快そうに舌打ちして、エンジンをかけた。
「どうぞまた遊びにいらしてくださいね」
カトレシアはずっと手を振っていた。
店に戻ると、閉じてきたはずの店が開いていた。
「げ」
それが確認できた時点で、ダルジュが潰れたカエルのような声を出す。
セレンは女性客を見送ってから、にっこりと笑ってダルジュを迎えた。
「おかえり。ドライブは楽しかったかい?」
笑ってない。雰囲気がぜんぜん笑ってない。いやそれも変な表現なんだけど。
優美な笑顔から、なんともいえない気迫が漂ってる。怒気に近いかもしれない。
「…悪かったよ」
ダルジュが視線をそらしながら言った。
「ほう」
セレンが感心したような声を出した。
「お前が素直なのは珍しいな。なにがあった」
「別に。コイツが外出たいってわめいただけだよ」
「クレバスはそんな子じゃないと思うがね」
セレンが意味深にオレを見た。ダルジュが言ったら殺すと言わんばかりにオレを睨む。
英雄、ここオレの心臓に悪いんだけど。
「それは?」
ダルジュが持つ小さな花束に目をやる。
「別に。拾った」
言いながらダルジュはそれをテーブルに投げた。
放ってしまうのかと思われた花束は、夕方には綺麗に花瓶に活けられていた。
日が沈んで、”Green&Green”がバーにその姿を変えても英雄は来なかった。
「奥で待つがいいよ」
とセレンが店の奥の従業員スペースに毛布を用意してくれた。
「まだ起きてられるからいいよ」
「夜行性だな。誰のせいやら」
言ってセレンはフロアに出て行った。
そばでダルジュがあくびを噛み殺す。
「昼花屋で、夜バーで、…いつ寝てんの?」
「まあ、こういう時間だな。合間合間に」
言いながらもうつらうつらしてるようだった。
隙間から少し、店内の様子が見えた。
相変わらず暗い店内、数人の客がいて、セレンが相手をしてる。バーをやりたいと言い出したのはセレンらしかった。「どっちにしろいい迷惑だ」とダルジュは言ってたけど、じゃあ花屋をやりたいと言ったのはダルジュなんだろうか。それもなんだか不思議な気がする。
新しく扉を開けた客を見て、オレは危うく声を出すところだった。
ハンズスにエスコートされながらマージが入ってきた。
ハンズスはカウンターのセレンを見て驚いたようだったが、セレンは一瞥しただけだった。二人がカウンターに座る。
「お久しぶりですね」
セレンがマージに声をかけた。
そういえばこの店、マージがベタ褒めしてたっけ。だから来てもおかしくはない、けど。
セレンがマージと話してるなんて変なの。
「ええ」
マージは力なく微笑んだ。
「今日は少し元気がないようだ。どうされましたか?」
「大切な人に別れを告げられてしまって」
「それはそれは」
セレンが言いながらハンズスを見た。初めセレンを睨んでいたハンズスは、黙って二人のやり取りにまかせる気になったらしい。気遣わしげに隣のマージに視線をやった。
「でも、私はまだ好きで。どうしていいのか」
マージが呟いた。英雄のことだ。
「信じたい?」
「とても」
セレンが手のひらでくるくるとシェイカーを回した。
「賭けませんか?」
「え?」
マージが顔を上げる。
「カクテルの色で。そうだな…赤なら、その情熱にかけてその人を信じる。オレンジなら、夕暮れのうつろいにかけて気持ちは揺れたまま。黄色なら、イエローカード。信じちゃいけない」
くすくすとマージが笑った。
「いいかもしれないわね」
「そうこなくちゃ」
セレンが右目をウィンクして空のグラスをマージの前に置いた。
もったいぶるようにシェイカーをあけて中身を注ぐ。
グラスの半分に注がれたそれは、鮮やかな、黄色、だ。
「残念」
マージが言った。
「まだですよ」
セレンがもう一度、シェイカーの中身を注いだ。今度は赤、だ。
黄色から、オレンジ、赤のグラデーションがグラスの中に作られる。
「どの色も選べますよ。貴女次第だ」
出されたカクテルを、マージはじっと見ていた。
「綺麗…」
うっとりするように呟く。
オレの隣で、ダルジュが砂を吐きそうな顔をしていた。
マージ達が帰って、とっくに店が閉まってから、英雄はようやく戻ってきた。
裏口がやや早めにノックされる。ダルジュが開けると、英雄が駆け込むように入ってきた。
「英雄!」
「ごめん、遅くなった」
オレを見るなり英雄は謝った。ところどころ服が裂けて、あちこちに血がついてる。
「物騒なお出かけだったらしいな」
セレンが言うと、
「…第3世代の情報が欲しくてね。ちょっと無茶をした」
英雄は言った。オレを見て「殺してはいないよ」と念を押す。
「死んだほうがマシな目にあわせたんじゃねーのか」
ダルジュがからかった。多分、当たらずとも遠からずなんだろう。英雄は面白くなさそうな顔をして、胸元から書類を出した。
「彼らの胸に設置された爆弾の資料と、それから…」
英雄が、セレンを見た。
「セレン、あんたは僕に自分はどこもいじられちゃいないと言ったな?」
「ああ、そうだ」
セレンが請け負う。
「じゃあ、知ってたのか?とてもそうは思えない」
英雄が言った。
「何をだ?はっきり言え」
セレンが焦れた。
書類の上に置かれた英雄の手に力が入ったせいで、書類がくしゃりと音をたててよれる。
言いにくいらしい。
しばらくセレンを見つめてから、意を決したように英雄は言った。
「ガイナスは、セレンの弟だ」
英雄の言葉に、誰もなにも言えなかった。
第22話 END