セレンから呼び出されるのは珍しいことじゃないけど、その日はなんだか様子が違ったように思う。もういいかなと思って、英雄に「セレンに会ってくる」と告げると、全然歓迎してないような顔をしてみせた。こないだ店に放っていったのはどこのどいつだ。全く。
いい天気だった。
緑の多い公園の中、セレンが飛び立つ鳩を見送っていた。後姿が寂しそうだと思ったのは気のせいかもしれない。オレが近づいたことに気づいて、振り向いたセレンはいつもの余裕ある笑みを浮かべていた。
そのまま、どこに行くと告げるわけでもなく歩き出す。
「手を握っても?」
「あ、うん」
手を差し出すと「相変わらず小さい」と言って握り締めた。
いつもよりゆっくりと、セレンは歩いた。公園にはまばらに人がいて、時々小鳥の声が聞こえる。
「牧歌的な光景だな」
セレンが目を細めるようにしてそれを見つめる。足を止めたのにつられて、オレも立ち止まった。
「セレン?」
やっぱり、ガイナスのことを気にしてるんだろうか。
「そんな顔をするな」
セレンが微笑む。相変わらず優美な笑みだった。それから、思いついたように悪戯っぽく言った。
「どうすると、思う?」
「え?」
「私が、あの子に対してどんなリアクションを取ると思ってるんだい?」
それは…ずいぶん意地悪な質問じゃないか?
オレは、セレンを見つめたまま、まるで答えられなかった。
セレンがじっとオレを覗き込んだ。
オレは兄弟なんていないし、でも、ある日いきなり「この人は家族です」なんて言われたら困るだろうし、ましてそれがガイナスだったら…
ぐるぐる考え出すとキリがない。
考え込むオレを見たセレンが、愉快そうに腹を抱えて笑い出す。
「ちょ、セレン!」
「ははは、いや、すまなかったな。失礼失礼」
くすくすと笑いの余韻を引きながら、セレンは言った。
「ああ、面白いんだよ。ダルジュもな、私がふいに黙ったりすると気を使ったりするんだ。あの子が、ふふ、全くかわいい子だよ」
勿論その後怒るんだがね、それもまたいいと付け足して、セレンは目尻の涙を拭った。
ダルジュもからかわれたんだ。オレは心底同情した。
「答えなら決まってるさ。私もあの子も武器を持つものなら、対峙した時の答えなんかひとつしかない」
不敵な笑みを浮かべて、セレンが前を見る。
そこに、不快そうな表情のガイナスが立っていた。
「こんなところに呼び出して、なんの用さ」
ガイナスがいらだったように言った。
「英雄から聞いたぞ。お前のことを」
セレンが見下げるように嗤う。
「言いたいことがあるなら、さっさと言えばいいものを。随分と回りくどい」
「言いたいことなんかない!」
ガイナスが叫ぶ。オレや英雄を前にしたときと全然態度が違う。なんていうか、子供っぽい。
今のガイナスは、なんだか年相応に見えた。
どう対応していいのかわからないんだろう、って英雄が言っていたのを思い出す。
そう、なのか?
でも目の前のガイナスは、確かに、どこかとまどっているようにも感じる。
「あるだろう?」
公園の木々がざわりと鳴った。
「助けてください、と言ってみろ。考えてやる」
セレンが尊大に言い放つ。
ガイナスが目を見開いた。信じられない、と言った表情だ。たぶん、オレも同じ顔をしてる。
「…ば…」
ガイナスが呻く。
「馬鹿にするなぁっ!!」
その手から銃が滑りでて、弾丸を注ぎ込む。セレンはひょいとオレを掴むと、そばの木の影に投げた。自分はそこに留まったまま、避けようともせずにガイナスを見つめる。
「キレやすいのは誰に似たんだ?」
呆れたように呟くセレンに、木の影からあれは誰だって怒ると告げると、真顔で「なぜだ?」と不思議がった。
その間もセレンに向けて引き金が引き続けられているのに、弾は掠めもしないようだ。
ガイナスが、わざと外しているとしか考えられない。
セレンが、ゆっくりとガイナスに顔を向ける。
「何発無駄にした?悪い腕だな」
悠然と微笑む。
ゆっくりと銀の輪が煌くのが見えた。
鋼糸、だ。
「こ、の…!」
歯を食いしばったガイナスが、改めて狙いを定めた引き金を引こうとした瞬間、セレンが距離を詰めた。あっという間にガイナスの懐に入り込んで、その手を捻り上げる。
「痛…っ!」
ガイナスが悲鳴を上げた。
「こないだ半殺しにされたばかりだろう?まだ力の差もわからないのか?」
セレンが言い聞かせるようにいうと、ガイナスが悔しそうにセレンを睨んだ。
セレンがなにかを確かめるようにその瞳を覗き込んで、ガイナスの顔の輪郭をたどるように撫でる。眉間に少し皺を寄せたまま、小首をかしげる。
「ふうん」
言いながら、ガイナスに額を寄せた。驚いたガイナスが硬直するのがオレにもわかった。
至近距離で大きく瞳を見開いたガイナスを見て、セレンは顔を上げた。興味なさそうにガイナスを手放す。
「だめだな、さっぱり思い出せない」
「な!」
よろけたガイナスが、かっとして顔を上げた。
セレンは構いもせずに背を向けて、オレに歩み寄る。
「今日はどこに行こうか?美味しいタルトの店なんかどうだ?」
セレンの肩越しに、ガイナスが見えた。
憎しみを形にしたら、こんな風になる気がするくらいに、怒り狂ってるのがわかる。
オレの視線を感じたセレンが「ああ」と言って振り返った。ガイナスを見て、にこりと微笑む。
「もう用は済んだぞ。行っていい」
自分の頬がひくりと動くのがわかった。
あの、セレン、それは。
それは――――――ちょっと、どうかと。
ガイナスがぎりぎりと聞こえそうなぐらいに歯軋りしてるのがわかった。瞳に涙を湛えたまま、オレを射殺さんばかりの視線を寄越す。
「絶対に、殺す…!」
セレンはガイナスの殺気をものともせずに、相変わらずの微笑を浮かべていた。
オレはそんな二人を見たまま固まっていた。
空は、ああ、本当にいい天気で。
セレンによく似合ってた。
話を聞いた英雄は、オレがいつジョークだと言い出すのかと待っていた。
だんだん時間が経つにつれ、眉が八の字になっていく。涙声で「本当かい?」と言われ頷くと、頭を抱えていた。
「…なんてこった…」
いろんな意味で最悪だ、と英雄は言った。
「だからセレンと出かけるのは感心しなかったんだよ。ああもう、どうするんだ。セレンが神経足りないのは今に始まったことじゃないんだから、自衛してしかるべきだろう?」
「神経足りない?」
「足りないじゃないか、全然。大体昔からそうだ。いつだって気まぐれでわがままで…」
それは英雄には言われたくないんじゃないか?
続けようとする英雄の後ろに、にこにこしながらセレンが立っていた。
オレに、言っちゃダメだと、唇の前に人差し指を立てて沈黙を促す。
「聞いているのかい、クレバス」
英雄は相当頭に血が上っているのか、気づいていなかった。
セレンが気配を消すのがうまいのかもしれない。
散々英雄が罵倒しつくした後に、セレンはわざと大きくあくびをして見せた。
英雄がびくりと硬直する。
「ずいぶん面白い話をしてるな?」
英雄の顔にどっと汗が吹き出した。こういうの、冷や汗っていうのかな?
振り向くまでの英雄の顔と、そのぎこちなさは、一生忘れないかもしれないと思った。
第23話 END