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第24話 「来るべき断罪の日」

 君は僕よりセレンがいいんだなどとわけのわからないことを言いながら、英雄は毛布にくるまってこっちを見ようとはしなかった。ぐすぐすと拗ねて、全然話にならない。
「…メシ、食わないの?」
 返事の代わりにしくしくと泣き声がする。
 あの後セレンにボコられたのを相当根にもってるようだ。
「英雄」
 情けない。
 ぴくりとも動かない英雄を見下げて、オレは大きくため息をついた。
「英雄」
 ゆすっても起きない。
 オレもだんだん焦れてきた。
「クレバス、どうした?」
 朝から来ていたハンズスが部屋を覗き込んだ。
「英雄が…」
「英雄が?」
 その声を聞いたとたん、英雄が、がばりと起き上がる。
 なんだか顔が真っ赤だ。
「どうした?」
 不思議そうに聞くハンズスに「別に。どうもしないよ」と英雄が答えた。さっきまでが嘘みたいにてきぱきと動いて、ベッドから立ち上がる。
「朝から来てるなんて思わなかった」
 言いながらハンズスの脇を通って、1階に下りようとする。
「安心した」
 ハンズスがぽつりと呟いた。
「なにを」
 なんだか機嫌悪そうに英雄が聞いた。
「お前、クレバスの前じゃあんなに駄々っ子なんだな」
 にやりと笑うハンズスの声を聞いて、英雄は階段を踏み外したらしい。転がる音が早朝の家の中に響いた。

 トーストはさっくり焼けたし、コーヒーも美味しく淹れられたと思う。サラダだって別に英雄の苦手なものは入れなかったし。
 なのに英雄は、むっつりとしたまま黙々と食べ続けた。原因は、目の前に座るハンズスにあるようだ。
「美味しいコーヒーだな、クレバス、ありがとう」
 律儀に謝辞を述べるところがハンズスらしい。この人は絶対に礼を欠いたりはしない。たまに英雄はそれを「融通の利かない奴だ」ということもあるけど、気に入ってるみたいでもあった。
「どういたしまして」
 ハンズスがコーヒーを啜りながら英雄を見た。
「いつまで拗ねてるんだ」
「別に。拗ねてなんかいないさ」
 図星だったらしい英雄が、トーストに八つ当たりするようにかぶりつく。
 ハンズスが面白そうにそれを見る。にこにこと笑うその顔に、英雄が居心地悪そうに視線を上げた。
「…なんの用で来たんだ。別に朝食を食べに来たんじゃないだろう?」
「いいや、朝食を食べに来たのさ。他に用事はない」
 ハンズスはそう言ってふとテーブルに目を落とした。嬉しそうに目を細める。
「食卓、ずいぶんにぎやかになったんだな」
 つられてテーブルの上を見る。
 …そうかな?
 トーストに、ジャム、サラダにジュース、コーヒー。ごくごく当たり前の、朝食のような気がする。英雄は答えずにトーストを口に運んだ。怒ってるんじゃなくて、照れてるみたいだ。
「この間、彼が来たぞ」
 ハンズスが言った。
「彼?」
 オレが聞くと、ハンズスが笑ってみせた。
「こないだ引き合わせた席にいた、銀髪の、背が高い―――――――」
「セレン!?」
 オレが言うのと英雄がむせるのは同時だった。
「失礼」
 ごほごほと咳き込みながら、英雄がコーヒーに手を伸ばす。
 気管支にでも入り込んだのか、随分苦しそうだ。
「な、んの用で?」
 言葉にならない英雄の代わりに聞く。
「DNA鑑定依頼、だ。自分の髪と、誰のものか知らないけど金髪をおいていったな。まあ、親父のコネを使えば出来ないことはないが…どうする?」
 英雄が涙目のままハンズスを見た。
 金髪…たぶん、ガイナスの髪だ。
 公園で、鋼糸を出したあの時に…切り取った、のか?
 むしったほうがセレンらしい気もするけど、それは優美じゃないとも言いそうだ。
「それがセレンの望みならしてやってくれ」
 ようやく落ち着いたらしい英雄が言った。
「お前が言うならやるよ」
 ハンズスが肩をすくめた。
 話題が一区切りつくと、妙な沈黙が流れた。
 外で鳥が鳴いてるのが聞こえる。外の空気はもう動き始めているのに、ここだけ止まってるみたいだ。
「…マージはどうしてる?」
 英雄が一人言のように呟くと、
「今はもう落ち着いた」
 ハンズスが答えた。
「英雄、迎えにいってやれ。彼女はそれを望んでる」
「言ったじゃないか。僕のそばにいると危ない」
「俺を頼ればいい」
「四六時中見張れるのか?出来ないことは言うなよ」
 英雄が、静かに目を閉じた。
「そうは言うが、お前彼女の気持ちを考えたことはあるのか?あの家に一人きり、今もお前を待ってるマージの気持ちを…!」
 ハンズスが苛立ったように詰め寄る。
 英雄はしばらくなにも答えなかった。
「悪いとは、思う」
 でもダメだと英雄は顔を上げ、ハンズスを真正面から見つめた。
 揺るぐことのない英雄を見て、ハンズスの顔が歪む。
「俺はお前が間違ってると思うぞ」
「僕は君のそういうところが好きだよ」
 英雄が微笑んだ。
「とても救いになってる」
「からかうなよ」
「本気さ」
 だから大丈夫だと思ってる、と英雄は言った。
「僕がいなくても、ハンズスが傍にいれば大丈夫だ」
 ハンズスが悔しそうに唇を噛んだ。
「俺じゃダメだ」
 そう言って下を向く。
 英雄はそれを見て、無造作にフォークをサラダに突っ込んだ。
 ざくざくと、サラダを刺し始める。
「全部…」
 少し考えながら言葉を紡ぐ。
「全部、終わったら、迎えに行くよ」
 終わったらね、と呟いて、英雄は遠くを見るように微笑んだ。
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