DTH
ショッピングモールの中は相変わらずの人ごみだった。
吹き抜けの中央には、噴水の代わりに馬鹿でかいモニターが何台も設置されていて、流行の映画の予告やオススメの商品が絶え間なく流れてる。
「ここはなんだかんだで品揃えがいいからなぁ」
ハンズスが感心したように言うと、英雄は眉をしかめる。
「買い物なら別にどこだっていいじゃないか。わざわざ混むところに来なくても」
「一気に片付いて便利だろう?」
「男三人でお買い物。涙が出るね」
「遊園地とかのほうが良かったか?そういえばクレバス、遊園地に連れて行ってもらったことは?」
ハンズスがちらとオレを見た。英雄の頬がひきつった気がする。
「ないよ。ついでに言えば映画館もない」
笑ったままのハンズスが、逃げようとする英雄の襟首を掴んだ。
「おい」
「いや、だってほら機会がないし、さ」
英雄が慌てて弁明する。オレも別に興味ないからいいんだけど。
当分説教になるのかな、とあくびをして横を向いた先に、マージがいた。出かけたあくびが中途半端な状態で止まる。
こっちには気づいてない。
マージは、カートを押しながらパスタを手にとって眺めていた。振り返ると二人もまだ気づいてなかった。
そりゃ、生活圏がかぶってるんだから居てもおかしくない。おかしくないけど、ここで会うのは非常に気まずいような気がした。
どうしよう、と一瞬躊躇してから、二人のズボンの裾を引く。
オレに注目したところで、とびっきりの笑顔で告げた。
「じゃあ、オレ、キッズエリアのおもちゃに乗ってみたい」
そりゃいいというハンズスに、英雄は理解しがたいという表情を浮かべていた。
オレが一番不本意なんだよ、馬鹿英雄。
なんだか、このモールに来るとろくなことがない気がする。
ゆらゆら揺れるこの馬鹿面のアヒル、いつまで乗ってればいいんだろう。
はあ、とため息をついた拍子に額がボタンに触れる。ぐあっちゅ、と潰れたようなアヒルの声がした。
「すごいセンスだな」
英雄が感心したように言う。
アヒルに乗るオレの前にわざわざ座り込んで、頬に手をついて見上げてやがる。
「轢くぞ」
「固定式のオモチャじゃないか。動かないよ」
英雄がつまらなそうにオモチャの固定バーを見ながら言った。
んなこたオレだってわかってるよ。
アヒルの腹でくつをずらして、蹴り飛ばしてやる。
英雄があくびを噛み殺しながらそれを受け取った。
「ハンズス、どこに行ったんだよ」
「トイレ」
「先に言えよ」
オレはあひるから飛び降りた。
キッズエリアには他にもたくさんのオモチャがあって、オレより小さな子達が楽しそうに遊んでた。中には、オレより上そうなヤツもいる。そういうヤツのそばには、大抵弟か、妹かがいた。
「対象年齢が間違ってる」
「その前に君は興味がないじゃないか」
らしくないこと言い出して、と英雄が言った。
わかってたのか。
「英雄…」
「お、クレバスもう終わったのか?」
口を開きかけた時ハンズスが戻ってきた。
「ハンズス」
「どう?楽しかった?」
「それなりに」
ハンズスが至極満足そうに微笑んだ。まさか次を勧める気じゃないだろうなと懸念した瞬間、辺りに耳障りな音が響き渡った。
非常ベルだ。
「なんだ?」
ハンズスが辺りを見渡す。子供達も動きを止めて、きょろきょろしてた。
英雄が背筋を伸ばして立つ。
耳を澄ましてるみたいだ。
「外に出たほうがよさそうだ」
英雄が言うか言わないかのうちに、店内から出るようにとのアナウンスが流れた。
「またなにかあったのか」
ハンズスがため息混じりに言う。後ろの子供達を振り返って、「お兄さん達と一緒に外に行こう」と声をかけた。ハンズスらしいなと少し思った。
モールから出ると、警備員や店員が人員整備をしてる。なにがあったのかハンズスが尋ねると「爆破予告の直後に、3階のゴミ箱から煙が出まして、念のために」という返答が返ってきた。
あちこちで子供や親を探す声がする。
「爆破ね。まあ前例があるからな」
ハンズスが呟く。
見渡してマージを探すけど、いない。
「英雄」
辺りを見回しながら英雄の手を引いた。
「ん?」
「マージが、いたんだ」
オレの言葉に英雄が目を丸くする。
「なに?」
「さっき、1階にいたんだ」
英雄とハンズスが顔を見合わせる。
はじかれたように2人が周りを見渡した。人、人、人。流れるように英雄とハンズスの目が動く。でもマージがいない。
「おい、まだ子供が中にいるぞ」
誰かが叫んだのを聞いて、顔を上げる。
ガラス張りのモールの3階、笑いながら下を見ている子供がいた。見覚えのある金髪、男か女か一瞬では判別しがたい可愛らしい顔に心底楽しげな笑顔。
「ガイナス…」
英雄が呟く。
悔しそうに唇を噛み締めるとそのまま警備員の制止を振り切って、ハンズスと2人店内に駆け込む。
周りから歓声が上がった。救助に行ったと勘違いしたらしい。
オレはただ、下からガイナスを睨んでいた。
ガイナスが嬉しそうに目を細める。と、2階フロアの端が爆発を起こした。轟音とともに黒い煙がもくもくと空に昇っていく。炎がちろちろとその舌を出した。
人だかりがどよめいて、皆がそっちを見ながら口々になにかを叫んでる。
オレの目の前の警備員も、あっけにとられていた。
道を作ってやったといわんばかりのガイナスをもう一度睨んで、オレは店内に駆け込んだ。
前にも、こうしたことがある。
あの時はダルジュがここを爆破して、一人で消えた英雄を探して。
今は―――――――
モールの中はまだ非常ベルが鳴り響いていた。
煙も炎も、まだここには来ていないらしい。人が忽然と消えたようなモールは、どこか不気味だった。
入って、すぐにマージは見つかった。
英雄とハンズスが入り口で立ちすくんでる。
吹き抜けの中央に設置された巨大なモニターの前に、マージは立ってた。オレ達に背を向けて、モニターを見つめている。
そこに流れている映像。
防犯ビデオのようなざらついた画像に、見覚えがある。
英雄の…
心臓がどくんと鳴る。急速に血の気が引いていく。
無音の映像がモニターに繰り返し流れた。
オレが見たのと違う。
編集…されてる?ダルジュの姿がどこにも映っていない。
マージの姿も。
これじゃまるで、英雄が自分の意思でお父さんを殺したみたいだ。
マージはただただ流れる映像を見ていた。
「…マージ…」
ハンズスが呟く。
マージがその声に、ゆっくり振り返った。
「…なんの映画だろうって、他の人は思ったみたい。誰も、立ち止まったりしなくて。でもこれは英雄で、これは私のお父さんよね」
少し笑って、マージは言った。
「あのな、マージ、これは…」
ハンズスが近寄ろうとするのを、英雄が手で制した。
「いい。ハンズス」
言ってマージに向き直る。
「マージ、ここを出るぞ」
マージが静かに首を振る。
「英雄」
マージは英雄を呼んだ。正面から、すがるような笑みを浮かべて、英雄を見る。
「言い訳を、して」
声が震える。
英雄は黙って唇を噛み締めた。
「私、ちゃんと聞いているから、だから…」
マージが震えを鎮めるように自分を抱いた。指の先が白くなるくらいに爪を立てる。
「だから、何か言ってよ!!」
二度目の爆発は、モニターがある吹き抜けの天井、その上で起きた。
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